アマゾネス伝説
〜神話が不思議を呼び伝説に変わる時〜
* 女だけの謎の社会 *
 古代ギリシャの神話には、謎の女戦士の話が出てくる。伝説によると、その女戦士の集団は、孤島に住み、女だけの独自な社会をつくっているのである。 彼女らは、仲間を増やす必要に迫られると 、近くの部族に出かけて行って、適当な男と交わったと言われている。そして、生まれた子供が男であれば、川に投げ込んで殺すか、男のもとに返し、女の子であれば、種族の後継者として大事に育てたという。
 紀元1世紀頃の古代ギリシアの歴史家 ディオドロスも、その謎に包まれた女戦士のことについて記している。それによると、彼女らは、現在の小アジアの黒海付近に住んでいたという。この部族は、まことに極端な女性主導の社会で、男児が生まれると、足と腕を不自由にして戦えなくして、一生、卑しい奴隷の仕事に従事させたというのである。その反面、女の子が生まれると、優秀な戦士になるための一連の武器の扱い方、馬術などが徹底的に教え込まれたということである。
 この頃、黒海はアマゾン海と呼ばれていた。そのことから、その地方に住む彼女らは、アマゾネスと呼ばれるようになったのである。そして同時に、アマゾンという言葉 は、「乳房のない」というニュアンスも意味するようになった。なぜならば、彼女らは武器としての弓を引くのに邪魔にならないように、幼いうちに片方の乳房を切り取っていたからである。
 確かに、近年、考古学的発掘により、当時、アマゾン海と呼ばれていた黒海沿岸には、アマゾン女戦士が多数存在していたことが明らかになっている。
 この地域の女性の墓からは、剣や弓と言った武器類が多数出土しているのだ。それらは、副葬品として遺体とともに埋葬されたようで、中には、頭蓋骨に、無惨にも矢が突き刺さったままの痛ましい遺体すらある。
 また、坐骨の形状を見ても、彼女らが、常に馬に乗っていたことを裏付けている。こうした事実は、彼女らがかつて優秀な戦士であったことを物語る証に違いない。
出土した馬上のアマゾネスの像
* ギリシア神話に登場するアマゾネス *
 アマゾン女人族は、その後も、勢力を拡大し続け、小アジア全体を占領して、無数の都市をつくっていった。  

 ギリシア神話によると、このアマゾン女人族は、紀元前12世紀のトロイ戦争の時、傭兵としてトロイ側にたって参戦したと伝えられている。
 彼女らは、元来、ギリシア人を憎んでいたというのだ。その原因は、ギリシア神話にまでさかのぼる。
トロイ戦争でギリシア人と戦うアマゾネス
 父ゼウスの浮気の罪を償うために、その子ヘラクレスに、12の仕事が与えられたいう話がある。12の仕事の一つに、アマゾン女人族の女王ヒッポリュータの魔力の帯を盗み出すことも含まれていた。
 ヘラクレスは、首尾よく女王から帯を盗み出すことに成功したものの、これが原因で、アマゾン女人族は、ギリシア人を目の敵と考えるようになったというのである。
アキレスによって殺されるペンテシレイア
 こうして、トロイ戦争に参戦してギリシア人と戦ったアマゾン女人族ではあったが、女王のペンテシレイアが、ギリシア軍の英雄アキレスに真っ向勝負を挑み、逆に殺されてしまった。
 その際、アキレスは、彼女が、その後、生き返って復讐することを防ぐために、彼女の死体を犯したと神話は伝えている。
 こうしたいきさつもあり、アマゾン女人族の女王のペンテシレイアという名前は、今日では「男に悲しみを与える者」という意味で知られるようになったのだという。
 アマゾン女人族は、こうしてギリシア人に根強く恨みを抱くようになり、トロイ戦争が終わった後も、ことごとく敵対行動をとった。ギリシア沿岸を荒し回り、時には、アテネを包囲攻撃することすらあったという。
 紀元前5世紀に起こったペルシア戦争の折も、アマゾン女人族はペルシア側にたって参戦し、ギリシア人と激戦を展開した。
 しかし、ペルシア戦争は、ギリシア側の勝利に終わった。戦いに敗れたアマゾネスたちは、小アジアの地から、スキタイ地方(南ロシア)に落ちのび、さらにカッパドキア、アフリカへと向きを変え、数世紀を経る間に、大洋に浮かぶ名も知れぬ小島の一つに落ち着いた。そして、最後には、熱帯雨林の奥深くにその居場所を定めたというのである。
 この不思議な女だけの戦士集団、アマゾネスの話は、こうして、古代ギリシアの神話の中から抜け出し、伝説となって世界の各地に伝わっていくのである。そうすれば、南米のジャングルの奥地に栄えたという、女だけの戦士でつくられた謎の部族も、古代をさかのぼれば、そのルーツは、ギリシア神話にたどり着くのであろうか。
 こうして、アマゾネス伝説は誕生し、数世紀にわたり人々を魅了することになる。ところが、16世紀、スペイン人によって行われた遠征で、彼らスペイン人は、この謎の女戦士の集団と遭遇し、これがただの伝説ではないことを証明することとなった。
* 高価な香辛料をもとめて *
 1533年にインカ帝国を制服したフランシスコ・ピサロは、その弟ゴンサーロ・ピサロにアンデス山脈北東部を治め、この方面を探険する命令を出した。この地域には、当時、珍重されていた香辛料、シナモンを豊富に産する土地が存在していると見なされていたからであった。

 シナモンは、ルネサンス期において、黄金と同じほどの値打ちを持つ大変高価な香辛料であった。シナモンは料理に役立つだけでなく、薬用面でも防腐剤や消化、呼吸増進を促す効果があるとされ、非常に高い評価を得ていたのである。

 かくして、シナモンの原野があるという情報をもとに、大規模な探検隊が組織された。まず、先頭に案内役のインディオたちと甲冑に身を固めたスペイン兵が340人、続いてインディオを襲うように仕込まれた猛犬2千匹、その後を、武器食料を背負った原住民のポーター4千人が続き、それを追うように荷物を積載したリャマ2千頭と豚2千匹が延々と連なっていた。

 一行は、黄金にも匹敵するシナモンの原野を求めて、アンデス山脈の頂き目指して行軍を開始した。しかし、この山越えが至難の技で、一向にはかどらないばかりか、突風や豪雨、吹きつける雪のために、馬や家畜は足を捕られ、中にはすべらせて谷底深く転落するものが後を絶たなかったのである。おまけに、インディオの襲撃が頻繁にあって、百名ほどのスペイン兵は、戦いで死に原住民もどんどん脱走する有り様であった。
 そして、70日間もかかり、苦労に苦労を重ねてシナモンが原生すると思われた場所に到着してみると、果たして、シナモンなど一本も生えていないばかりか、ただの荒れ果てた荒野が延々と連なっているだけで、採集出来そうな価値あるものは何一つなかったのである。
 隊長のゴンサーロ・ピサロは、落胆に打ち震え、次いで、あまりの怒りに、案内役のインディオを全員、猛犬をけしかけてかみ殺させたのであった。
 それでもまだ腹の虫の収まらぬゴンサーロは、その死体を火あぶりにしてしまった。
猛犬にかみ殺されるインディオたち
 もうその頃には、4千人もいた原住民のポーターは、ほんの一握りになってしまっており、食料となる家畜もほとんど底を尽きかけていた。
 意気消沈したまま、彼らは、食料を見つけるべく付近の探索を続けるしかなかった。そのうち、小さな川に出た彼らは、ここでインディオのカヌーを分捕り、それを使って川の下流へ偵察隊を出すことにした。
 約60名の部下が、カヌーに分乗して食料を調達するために出かけていった。ところが、川の流れは異常に早く、一日150キロというものすごいスピードで下ってしまったために、この偵察隊は本隊に戻ることは出来なかった。
 やがて、川幅が広くなってくると、川岸には、次々と見たこともない村々が姿をあらわし始めた。しかし村落の多くは、皆攻撃的で一行は武力を使いながら、かろうじて原住民の攻撃を排除し、さらなる下流を目指した。こうして、彼らは、世界最大の大河を始めて下ったスペイン人となったのである。
 そのうち、彼らは、かなり大きな村にたどり着いた。村の真ん中には、広場があり、3メートルほどの奇怪な彫刻がなされた木像が建てられていた。捕らえたインディオの一人から出た言葉は、自分たちはアマゾネスの僕であり、ここはアマゾネスの町だということであった。
 まさに信じられぬ話ではあったが、実際彼らは、2週間後にアマゾネスと戦いを交えることになったのである。
* スペイン人の見た女戦士 *
 目撃したスペイン人の一人は言う。
「アマゾネスの闘争心は凄まじいばかりであった。彼女らは、一人で男10人分の活躍をする。総数12人ほどのアマゾネスが先頭に立って戦いを指揮していた。
 彼女らは、恥部をおおう以外は何も身に着けてはいなかった。彼女らに率いられたインディオの戦いぶりも、まさに苛烈極まるものであった。
スペイン人たちの報告書をもとに描かれたアマゾネス
 アマゾネスは、もし、戦闘中に逃げる者あれば、それを捕らえて容赦なく殴り殺すのである。我々の多くは我が目を疑った。しかし、そこで繰り広げられている光景は、夢でも錯覚でもない。まさに、鬼気迫る衝撃的な光景が目の前にあった・・・」
 それは、アマゾネスの伝説が、現実のものとなったこの瞬間であった。スペイン人たちは、銃や剣などで必死に防戦し凄まじいアマゾネスの攻撃から、かろうじて逃れることが出来きたのであった。
 この後、この女だけの部族が支配した河川一帯が、アマゾニアと呼ばれるようになり、やがて、その密林を流れる大河のことを、アマゾン川と呼ぶようになったことは誰もが知るところである。

* あくなき欲望の果て *
 一方、九死に一生を得た彼らは、何とか無事に帰還を果たし、何年か後になって、このアマゾネスに関する報告書を、スペイン宮廷に提出することになった。多くの者は、一笑に付したが、しかし、この話に興味を持つ人間も少なくなかった。
 やがて、不思議は不思議を呼び、アマゾネス伝説は、エルドラド(黄金郷)伝説と結びついていった。この女戦士の集団が、歴史家が語り伝えるアマゾネスであるならば、彼女らの領地内には、目を見張るほどの大量の黄金と財宝が隠されているはずだというのがその理由からであった。
 かくして、アマゾネス伝説を信じた何人かの人間が、財宝を求めて新大陸に乗り込んで行った。しかし、甘い夢と幻想に思えた川岸も一歩入れば、緑の地獄で、そこにはおびただしい蚊や毒虫、どう猛なピラニアや蛇やワニ、恐ろしい食人族、熱病などが待ち受ける恐ろしい世界であった。
 探険者の多くは、目的を達成することは愚か、陽光も差し込まない陰惨なジャングルの中で惨めな最後を遂げたのであった。
 いつの世にも、金に対する欲望は人々を熱狂させ興奮状態に追い込み冷酷に変化させる。そして待っている運命も実に悲惨なものが多い。

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