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アルテミスの大神殿
〜古代世界の七不思議、伝説の巨大神殿〜
 かつて小アジアのエフェソスという古代都市にパルテノン神殿の規模をはるかにしのぐ巨大神殿があった。その大神殿は白い大理石でつくられており、遠くからはまばゆいばかりに光り輝いていたという。
 古代世界の七不思議のリストを編集した数学者フィロンは、「私はバビロンの偉大な城壁、空中庭園、オリンピアのゼウス像、ロードス島の巨像、大ピラミッド、マウソロスの巨大な霊廟も見たが、しかしこの巨大な神殿を見た時、これまでの不思議はすべて色あせてしまった」と語ったほどであった。それほどまでにこの大神殿はその巨大さ、壮麗さにおいて他の建築物を凌駕するスケールでそびえたっていた。
 アルテミスの大神殿は、当時世界一の富と権力の保持者、リディア王国のクレッソスによって建てられたと言われている。それは紀元前6世紀中頃のことであり、120年以上の歳月をかけられて建造されたと言われている。
 歴史家ヘロドトスがこの地をおとずれたとき、あまりの壮麗さと巨大さに圧倒され、表現すべき言葉も見つからないほどだと述べている。しかしどういうわけか、それから1世紀後の紀元前356年、この大神殿は一人の心ない人間の放火により破壊されてしまうのである。犯人はヘラストラトスという若い羊飼いであったが、ただ歴史に自分の名前を残したい一心での犯行ということであった。
 かくしてアルテミスの大神殿は再建されることになった。紀元前333年頃、仇敵ペルシアを討つため東方遠征中のアレキサンダー大王がここエフェソスに立ち寄ったことがあった。
 大王は「おお、なんとすばらしい神殿だ! 余が建造費をすべて負担してもよいが」と言ったところ、誇り高いエフェソス人は「いいえ、お志には感謝いたしますが、アルテミスは我らが神。他の神のお方に負担していただくことは適当ではございません」とやんわり断ったそうである。
 ところで野心の旺盛なエフェソス人は世界に比類がない壮麗な大神殿をつくろうと考えたようである。そのためか、彼らはアテネのパルテノン神殿の2倍の規模で建築しようと考えた。
 パルテノン神殿は長さ69メートル、幅30メートル、高さ10メートルで、大理石の円柱58本であったから、この2倍の規模で建設されることになった。つまり、長さ120メートル、幅60メートル、高さ20メートルの石柱127本から成り立つ大神殿である。しかも純粋な白大理石のみ用いて建設されたというからその壮麗さは想像を絶するほど美しい巨大神殿であったと思われる。
 紀元前250年頃、エフェソスの町は大理石でつくられた輝くばかりの巨大神殿をもつ美しい城塞都市としてオリエント世界の中心でもあった。
 長い城壁で囲まれた港にはフェニキアやギリシアからの商船でごった返していた。
 ここを訪れる人々の多くは目を見張るほど壮麗な巨大神殿に詣でるためであったのは言うまでもない。
  さて、この大神殿に奉られているのはアルテミスと呼ばれる女神であった。アルテミスとはもともとギリシアの女神で清純な女狩人の姿であらわされることが多い。しかしここ小アジアのエフェソスでは、アルテミスの女神は豊穣多産のイメージとしての女神であらわされている。
 その姿は太っていて乳房が無数にあり、ねずみのような奇妙な動物が群がっている。
 これは大地からの豊かな実りと繁殖をあらわしたものであろう。
 祭殿に置かれたアルテミスの像は木製で15メートルもあり、無数の黄金と宝石で飾られていたらしい。
 だが、アルテミスの女神を奉って永遠の豊穣と繁殖を祈願したにもかかわらず、平和は500年ほどしか続かなかった。
アルテミスの女神像。神殿の廃墟からは大小のアルテミス像が何体も掘り出されている。
 紀元260年、ヨーロッパから東ゴート族が侵入すると、エフェソスにあった大神殿は徹底した略奪破壊の憂き目にあった。
 壮麗な大理石の円柱はことごとく押し倒され、こなごなに打ち砕かれ建築材料にして持ち去られてしまったのである。大神殿は廃墟と化し、そのうち土がかぶさり、雑草が茂るなどして、やがて神殿があったという形跡すらわからなくなってしまった。
 月日が経つにつれて、大神殿は後世の歴史家たちの書物の中だけでようやくその存在が知られるだけとなってゆく。しかしその内容すら伝聞の伝聞でもはやどこまでが真実なのか創作なのかもわからなくなっていった。
 中世の時代、エルサレム奪回を目的にこの地に来た十字軍の王の何人かはエフェソスに立ち寄って、大神殿のことを訪ねたことがあった。しかし、地元のエフェソス人に聞いても全くチンプンカンプンで、大神殿が立っていたということすら知らず、もはや人々の記憶からも完全に消え去ってしまっているというようなことを述べている。
 ところが、エフェソスの巨大神殿の伝説は真実に違いないと確信したイギリスの考古学者によってこの大神殿は掘り当てられることになる。ジョン・ウッド率いる大英博物館の考古学チームは、6年越しの調査・発掘の結果、1869年、ついに地下7メートルの泥の中に巨大な神殿が眠っているのを発見したのだ。こうして驚異の大神殿の存在が明らかにされたのである。
 詳しい調査が進むにつれて、この大神殿は4度も建て直されたことがわかった。異民族による破壊、個人的放火などで完全に消失するも前回以上の規模と壮麗さで再三建て直されたことがわかっている。エフェソス人の大神殿再建へのあくなき執念とアルテミス信仰への熱き願いをそこに見る思いがする。
 今を去ること2300年前、エフェソスは世界の中心地であり、その場所にはさんぜんと輝く純粋な白大理石でつくられた巨大神殿がそびえたっていた。
 しかし今は寂れた沼地にその痕跡がかろうじてしのばれるぐらいで、当時の面影をしのぶことは出来ない。
沼地に草が茂り、石柱と遺跡の一部が見られるが、ここに巨大神殿があったと想像する痕跡はない。
 栄枯盛衰。なにごとも時間の流れの前には無力に等しいと感じる無常観とはこのことであろうか。
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