「洞窟の女王」と「安達が原」
〜時空を超えたロマンチックで永遠の不滅のテーマ〜
 もし何千年も自分をひたすら想ってくれる異性がいてくれればどうだろう? 
 私は昔、「洞窟の女王」という映画の最後のシーンを見て以来、そのときの情景が脳裏から焼き付いて離れなかった。
 ここでは「洞窟の女王」(H・R・ハガード)と「安達が原」(手塚治虫)の二つの話を紹介したいと思う。 この二つのストーリーには現代で忘れがちな純情とロマンがある。誓い合った永遠の愛、永久に変わらぬ恋心、これこそ、男女の永遠の不滅のテーマに他ならないのではないだろうか?
* 洞窟の女王 *
  ここに小さな鉄の箱がある。それは親友が残したもので、その遺言には二十年間を経過するまで決して開けてはならないという戒めの言葉とともに封印されていた。そして20年が経ったある日、25歳になったレオは鉄の小箱を開ける。そこには、古代のギリシア文字で書かれた一通の手紙と羊皮に描かれた古ぼけた地図、古代の壺の欠片、そして宝石の指輪が入っていた。
 手紙に書かれていたのは実に奇妙な物語であった。未だかつて人が踏み込んだことのないアフリカの奥地に謎の国が存在しているというのだ。その国を治めるのはひとりの美しい女王で名をアッシャといった。彼女は不思議な生命の炎の力で永遠の若さと美しさを保ち、以来2千年以上も美しい身体のまま生き続けていた。彼女はずっと待ちつづけていた。それは2千年前に死んだ恋人が、転生を重ねて、自分のもとへ帰って来るその日を待ち続けているというのである。
 人跡未踏のその国に行くにはどうすればよいか? 果たして、地図には秘密のルートが書かれていた。アフリカの東海岸にザンベジという河が流れ込む入り江がある。そこから少し北に上ったところにひとつの岬があるが、その先端には人の頭の形をした奇妙な巨石がそびえている。それを目印に上陸すればよい。奥地に入り込んでいくと、盃形をした山が見えてくるであろう。その周辺にはたくさんの沼が見渡せるところがあり、その山の中腹に謎の洞窟がある。そこにはアラビア語を話す原住民がいて、彼らを支配しているのが不老不死の美しい女王だというのである。
 かくして、永遠の生命の謎を解き明かすべく、古文書に描かれた不思議な国をさがしもとめてレオは冒険へと旅立つ決意をかためるのであった。
 苦難を極めた旅の末、レオはようやく目的の地へたどり着く。昼なお暗いジャングルの奥、見たこともない山の斜面に穿たれたところに洞窟はあった。そこでレオはついに不死の女王アッシャと出会う。
 アッシャは絶世の美女だった。この世のものとは思えないほど魅力的な容姿に、彼はたちまち魅了され心を奪われた。
「そなたは私が2千年間待ちつづけていた愛しいカリクラテスの生まれ変わりなのです」アッシャはレオに言った。つづいて彼女は永遠の生命の秘密を語りはじめた。彼女の話をとりまとめるとこうである。
 自分は永遠の命を手に入れ、恋人の再来をずっと待っていたというのである。その昔、紀元前300年、彼女には若くて美しい神官カリクラテスという恋人がいた。ところがカリクラテスはあるエジプト女に誘惑されてしまう。嫉妬に狂ったアッシャは思わずカリクラテスを刺し殺してしまったのであった。それ以来2200年の間、彼女は自分のかつての恋人が生まれ変わり、ふたたび自分の前にあらわれるのをずっと待っていたというのだ。
 それは気が遠くなるほどの時間であった。その間、無数の王朝が誕生しては滅んでいった。数えきれない事件が起こり、多くの戦争や革命がくりかえされ、たくさんの人々が死んでいった。時間は無慈悲に容赦なく流れ、歴史となって刻まれていく。それでも彼女は待ち続けた。何百年も経ち、千年経ったが彼女はひたすら待った。待って待って待ち続け、二千年をとうに超え、そしてついにその瞬間が実現したというのである。
「さあ、そなたを永遠の炎のある場所に案内しよう。そこで体に炎を浴びることによって永遠の若さを得ることが出来るのです」
 アッシャはレオに永遠の命を与えようと、不思議な炎のある洞窟へと彼を案内した。入口に巨大な大理石の円柱があり、基部から上部まで細かく美しい彫刻がびっしりほどこされている。
 内部は神殿になっていて不思議な光でみちあふれており、神々しさに息も止まるようである。その奥の中央にメラメラとはぜる炎が映っている。ときおり雷鳴のような轟音をひびかせ、青白い閃光をはなつ巨大な火の柱が吹き上げられている。
 それは永遠の命を得るという力が秘められているという命の炎だ。その中に飛び込めば「不死」を手に入れられるのである。そしてその神秘の炎を浴びて不死の生を手に入れることで、二人は永遠に結ばれることが出来るのだ。
「あの大きな火炎の中に飛び込めばよいのです。着ている衣類は燃え上がるが案じることはありません。堪えられる限り火炎の中で息を吸いその霊気を吸収するのです。火炎の中に入るときは邪念を捨て、ひたすら心の平穏を保つように」両手をかざして火炎の前に立ったアッシャは、こう言うとレオに火炎の中に飛び込むようにうながした。ところがごうごうと恐ろしい勢いで迫ってくる猛火は、近寄るものをすべて瞬時に焼き尽くすばかりの猛りようである。
 レオの目に恐怖の色が浮かんでいるのを察知したのか、しばらく考えた後アッシャが口を開いた。「そなたが怖がるのも無理もありません。ではこうしよう。私がまず最初に火炎の中に入ります。つづいてそなたも入るのです」
「よし分かった。思い切ってやってみる」レオはうなずくとアッシャの手を取り接吻した。それからしばらく精神を集中するとアッシャは火炎の中に飛び込んだ。彼女は火炎の中で身に着けていた衣類をすべて脱いでいった。
 とうとう美しい黒髪以外一糸まとわぬ姿になったアッシャは、火炎をまるで水でもすくうかのような仕草で自らの身体全体に注ぎかけはじめた。
「さあ、今度はそなたの番です」アッシャが火炎の中から手を指し伸ばしてきた。その手を取って火炎の中に飛び込むレオ。これで二人の永遠のきずなが保証されるのだ。美しい象牙のような白い腕をレオの首筋にまきつけて言う。
「ああ、私の愛しい人。カリクラテス。この日をどれだけ待ちつづけたことか。かつて2200年前、私は嫉妬のあまりそなたを殺してしまった。どうか今宵、私を許し私を心から愛すると誓って欲しい」アッシャの目に涙がこぼれるのを見たかつてのカリクラテスの化身だったレオは言う。
「アッシャ、ぼくはあなたに永遠の愛を誓います。もう心は永久にあなたから離れはしない。時間は永久にぼくたちだけのものだ」アッシャの手をにぎりしめてレオは言った。
「私は犯した罪をつぐなうためにずっとこの日を待ち続けてきた。時の波を越えてそなたは私の元に帰って来た。ああ、太陽がとうとう昇ったのだわ」青白く燃え盛る火炎の中でアッシャとレオは抱き合い接吻した。
 しかし、このときアッシャの身体に恐ろしい異変が起こりはじめていた。炎に二度浴びると、不死を失ってしまうという恐ろしい呪いがエジプト女によってかけられていることを彼女は知らなかったのだ。彼女の顔から微笑が消えてたちまち硬ばった表情になった。目から光が消え失せ、苦悩の色が漂いはじめた。美しくまっすぐだった身体が急速にねじれ醜く折れ曲がってゆく。自分の身体が急速に崩壊していくのを感じ取った彼女は両手で自らの顔をおおって絶叫した。
「ああ!ああ、わたしは、・・・ああ、からだが・・・からだが解けていく。なぜ?」それは悲壮な声だった。
 レオはアッシャの身体が朽ち果ててボロボロになっていくのを目の当たりにした。強烈な炎で目が錯覚を起こしたのだろうか?いや、そうではない。まろやかで美しかったアッシャの腕はごつごつと骨ばったものに変化してゆく。両手を彼の方に差し出したままの格好で、やがてミイラのようになり、ぼろ布のように朽ち果ててゆくのだ。やがて灰色の粉になってくずれさっていく最後の瞬間、彼女はふりしぼるように言った。
「ああ、カリクラテス。私を忘れないで。私は死なない、また美しくなってよみがえるわ、よみがえってそなたの前に・・・」
 ことばの最後の方はかき消されるかのように暗闇に溶け込んでいった。後はもう何も残されていない。レオの足元には灰色をした一つかみの粉があるだけだ。それは何千年も彼をひたすら待っていたという女のからだの一部なのであった。彼女がふたたび生まれ変わるのは何千年も先になるのであろうか。ゆらゆらと立ちのぼる火炎の中でレオは悲しみにふるえながら立ちすくんでいたが、やがて遠くを見るまなざしで言った。
「アッシャ、ぼくは君が生まれ変わるまで何千年でも待つよ」
* 安達が原 *
 その時代、威圧的な政治に人々は苦しんでいた。20歳の革命家のジェスはなんとか政府を転覆させて圧制に苦しむ人々を救おうと日夜奮闘していた。警察の妨害を受けながらも、ジェスは政府の主要な機関を破壊し、仲間とともにゲリラ活動を行っていた。その夜もくたくたに疲れて帰って来たジェス。そうした彼を18歳の恋人アンニーは心をこめた料理をつくって待っていてくれる。
「すごい汗・・・」キスするとアンニーはつぶやいた。「官邸を一つ爆破して来たよ」深呼吸をひとつ大きくしてからジェスがいう。
「ごはん冷めてしまったけど」「いいよ。君のつくる料理は冷めていてもおいしいからね」黙々と食べるジェスをじっと見守るアンニー。「どうしたんだ?」ジェスの問いかけにアンニーがにっこり微笑んでいう。
「あなたがとってもおいしそうに食べているのを見ているのが好きなの。それだけで私はしあわせ」少し不満気な顔でジェスがいう。
「君はいっしょに戦う気はないのかい?」「わたしはだめなの。勇気がないのね。でも、あなたに危害が加えられたら別よ」後かたづけで台所に去る彼女の後姿に思わずため息がもれる。心の優しいアンニー。いつか一緒になれる日を夢見て二人は今日もベッドで誓い合う。
「時間が止まったらいいのに」ジェスの目をのぞきこむようにアンニーがいう。「ジェス、結婚約束する?」「ああ、待つかい?」ジェスがそっと口づけしていう。「ええ、待つわ」夢見てささやくようなアンニーの声。ほんの一瞬、二人だけの甘い至福に満ちた時間が静かに流れていく。
 しかし、つかの間の彼らのひとときにも非情な別れが近づいていた。政府の秘密警察の魔の手が忍びよっていたのである。ジェスは逮捕され、10光年先の流刑の地に飛ばされることになってしまう。それは冷凍睡眠で眠らされて片道30年の旅である。流刑の地に着いてみると、地球では革命が成功し、政府が変わったことを知らされる。これで地球に帰ることが出来るのだ。ふたたび冷凍睡眠で眠らされて30年。こうして往復で60年という時間がまたたく間に過ぎていった。しかしジェスにとってはたった2晩の眠りである。
 60年ぶりの地球。しかしかつて見慣れた建物はなにひとつなく、街も区画も何もかもすべてが変わっていた。ジェスはアンニーと過ごした場所をたずねるが、すっかり変わり果ててしまっており、彼女の行方はつかめない。コンピューターのデータでは、40年前に地球外に逃亡し、その後、死亡したとだけあった。ジェスはアンニーと愛し合ったかつての日々を思い浮かべ、込み上げてくる涙を抑えることが出来なかった。
 時間だけが悲しみを忘れさせてくれる。こうしてまた何年かが過ぎていった。ジェスは政府にたてつく反乱分子を処刑する調査官となり、次第に頭角をあらわしていった。大統領から絶大な信頼を得たジェスは、四等調査官ユーケイという名前に変え、ある命令を受け取った。それはある星に1人で住んでいる魔女を始末せよという内容だった。この魔女を調査するため、多くの政府の人間がこの惑星に行ったっきり帰ってこないというのである。
 その星に降り立ってみると、荒野のいたるところに宇宙船の残骸が残されていた。
 やがて魔女のすみかを見つけると、そこには噂どおりの老婆がいて、彼を招き入れてくれた。
 彼の顔を見た老婆は政府の回し者が来たと見たのか、ぎょっとするような目つきになる。しかし老婆はジェスに親切にもてなして食事をご馳走し、寝床まで用意してくれた。
 果たしてこの老婆が本当に魔女なのだろうか? ただの老婆にしか見えない。とても政府の腕利きの人間を殺せるとも思えない。寝静まった深夜、疑念が消えないジェスは家中を調べるべく地下室へ降りていった。
 重そうな扉を開ける。「ギィー!」扉は不気味なきしみ音を響かせて開いた。扉の向こうには暗闇だけがどこまでもつづいている。
 照明に反射して白っぽいものが見えた。それらは累々と重なる白骨の山だった。遺体はまだ新しいのもある。これらは宇宙船の乗組員のものにちがいない。やはり老婆は人食い魔女だったのだ。
「なぜ見た?」急に背後で声がした。ふりむくといつの間にか老婆がたたずんでいる。「お前の正体が分かったぞ。お前は政府が派遣した人間を招き寄せては殺して食っていたな?」ジェスは熱線銃を腰から取り出すと言った。
「しかし、あなたは生きておるではないか? わたしはあなたに心からもてなしをしたのに、どうしてじゃ?」老婆の問いかけにジェスが言う。「俺は四等調査官のユーケイだ。俺の名前を知らぬ者などいないはずだ。俺はお前の正体をつかみ、始末するために政府から派遣されてきたのだ」こう言い捨てるなり熱線銃が発射された。逃げる老婆、後を追いかけるジェス。まばゆい光がいく度か発射され、付近の壁や天井に命中する。破片がそこら中に飛び散り、傷を負ったのか老婆は奥の柱にもたれたままうずくまり動けなくなっていた。
 追い詰めて引き金を引こうとするまさにその瞬間、老婆はジェスにあの世の土産として身の上話をどうしても聞かせてほしいと願い出た。ジェスは熱線銃を構えたまま身の上話を始めるのであった。それは昔、アンニーという愛しい恋人と一緒に暮らしていたということ、平和になったら結婚を約束し合っていたこと、しかし政府の手によって逮捕され、非情にもアンニーと引き離されて流刑の地に流されてしまったこと、ふたたび何十年も経って地球にもどってきたということ、さらには政府の信頼を得て宇宙の端々に逃げ隠れしている反乱分子を処刑して回っているということなどを。
 じっと彼の身の上話を聞いていた老婆は、さめざめと泣きながら言った。
「あなたと別れた女はその後、どうしたと思う? 恋しいジェスの後を追って戦ったのじゃ。そして政府や警察に追われて宇宙の片隅に仲間とともに逃げのびたのじゃ。やがて仲間も次々と死んでいき、たった一人となった女は名もない辺境の星くずの片隅で、政府の刺客として送り出された人間さえも殺して食ったのじゃ。なぜ? それは生きながらえるために、恋人に会うためにじゃ。ひたすら孤独に耐えて十年も二十年も女は待ち続けた。ジェスに会いたい一心で、流刑の地から脱走してくるという知らせをあてにしてずっと待ちつづけていたのじゃ。そして・・・そして、恋人はついにやってきた。昔のままの姿で、70年前の顔のままで、いやいや、卑劣な権力の犬になりさがって帰って来たのじゃ! あなたのかつて権力に立ち向かった勇気と信念はどこに行ったのじゃ?」
 かくして意外な事実が明らかにされていった。人食い魔女は70年前の愛しい恋人アンニーの成れの果てであったのである。彼女は70年間も流刑の地から恋人が帰ってくるのをひたすら待っていた。91歳の老婆になっても人肉を食らってまでもジェスの帰りをひたすら待ちつづけていたのだ。 
「おお!アンニー、許してくれ!」真実を知ったジェスはがっくり膝を落とし地面に両手をつき悲痛な声で叫ぶ。老婆はいう。「もうアンニーはおらん。さあ命令通り、わたしを殺せ!それがあなたの仕事じゃ」
「どうして君だと気づかなかったんだ。さっき、君の手料理を食べたはずなのに」「それはあなたが料理に毒消しの粉をふり掛けて味を消したからじゃ。このうえは、もう生きる目標もなくなった。さあ、はやくわたしを殺せ、この汚れた人食い婆を!はやく殺せ!」泣きながら熱線銃をかまえるジェス。
 最後にかぼそい声で老婆は言った。「さようなら、ジェス。わたしの愛しい人」老婆の視線は遠くを見つめるようなまなざしとなった。
 顔をそむけ熱線銃の引き金を引くジェス。轟音がとどろき目もくらむ閃光が放たれ、老婆をかつての恋人アンニーの身体を粉々に引き裂いた。
 台所で泣きながら老婆のつくった料理を口にするジェス。それはまさしく忘れもしない何十年前に食べたアンニーの味であった。号泣し、おのれの業の深さをかみしめるジェス。しかし彼をなぐさめてくれる人はもうどこにもいない。
「安達が原」には悲劇的で救いがないという声もある。確かにこの作品には、虚無の世界がたんたんと広がっているだけかもしれない。しかし、紹介した二つの話には現代で忘れがちな純情とロマンがある。
 いつまでも変わらぬ心で相手を想ってひたすら待つ。決して裏切ることのない永遠の愛、永久に変わらぬ恋心、これこそ、男女の永遠のテーマでなくてなんであろう?
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参考文献
「洞窟の女王」・・・H・R・ハガード 創元推理文庫
「百物語」・・・手塚治虫 集英社文庫
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