タイムスリップ
〜時間と次元の断層に迷い込んだ人々〜
 もしも、時代錯誤に陥ってしまうほどの風俗店があれば面白いものだと常々思う。もちろん、客も店のホスト側もその時代の人間になりきって芝居をするわけだが、例え、疑似空間だとわかっていても、そこに行けば、不思議な気持ちになってくるものだ。
 そのノスタルジックなムードにどっぷりと浸っていると、日頃の悩みから解放され、浮き世の憂さ晴らしが出来るというものである。古い時代には現在にない遊びの風情というものがあるからだ。さて、貴方だったらどの時代を希望するだろう?
 なつかしの昭和の時代?・・・ ロマンあふれる大正時代?・・・黒船が来た頃の明治の動乱時代?・・・庶民の文化が花開いた江戸時代? いっそのこと群雄割拠の戦国時代に行って一国の主になりきるのも悪くはなさそうだが・・・それとも華やかな王朝文化の平安時代はどうだろう? たまには貴族になりきって風流を味わってみるのもよさそうだし・・・ あるいは邪馬台国の時代に行って女王卑弥呼に自分の人生を占ってもらえば、少しは開眼するかも。あるいは縄文時代でのんびり土器でもつくって自然と戯れてみるのも面白そうだし。こう考えると、どの時代にも捨て難い魅力があるようだ。
 さて、このテーマを扱ったものに小松左京氏の「風俗バー」という作品があるのだが・・・
* さあ、疑似体験をしてみよう *
 ・・・確かに宣伝だけのことはあると思った。
 その店内は、昭和初期のカフェが見事に再現されていたからだ。
 別室で紙幣やら服装の類を着替えて、重い金属製のドアを開けて、その薄暗い部屋に入っていくと、いきなり、蓄音機のキイキイする金切り声が耳に飛び込んできた。
 煙草の煙りがそこら中に渦を巻き、ボックス内では客の笑い声や女のかん高い笑い声が響き渡っている。耳がガンガンするほどのやかましさだ。
 ボックス席の客も軍人姿や背広姿などさまざまである。袴姿につば広の帽子とステッキを持ちカイザー(皇帝)のような髭をはやしたのがいると思うと、カスリの着物にハンチング、下駄履きでマフラーという出で立ちの者もいる。ホステスはと言うと、皆、和服か短いワンピース姿で白いエプロンをつけ、古風な髪型か断髪姿で、エビスビールなどを盆に乗せボックス席の間を縫うように行き来している。
 客もホステスもこの時代の人間になりきっているのだが、ちと行き過ぎではないかと思うほどである。
「なんになさる?」気がつくと、彼のボックスに二人のホステス(女給と言えばいいのか)が来ていた。
 一人が勝手にエビスビールを注文すると、彼の隣に腰掛ける。
「私たちにもコクテール(カクテル)おごってくださるわね」そう言うなり、もう一人は、いきなり彼の膝の上にのってきた。
 お白いと香水の混じった匂いがプンとする。華奢な体でどちらもまだほんの少女だと思うのだが、一端の女だと言わんばかりに、顔には白粉をコテコテに塗りたくり、真っ赤な口紅を引いて眉を細く描き込んでいた。
 彼女たちもよほど念入りに仕込まれているのか、この時代の世間話ばかりして彼にはとてもついて行けそうもなかった。浅草オペラのスターの話、宝塚少女歌劇の東京公演の話だとか、当時流行した「坂田山心中」という映画の話、その主人公だか記念絵はがきがどうのこうのとか・・・。最初、適当に話を合わせていた彼も、次第に面白くなくなり始めていた。
 好奇心あって、この時代を選んだのだが、ここまで来ると興ざめという感じである。
 こんなことなら、近い時代じゃなく、いっそのこと、江戸時代か平安時代あたりを選んだ方がよかったかなと彼は舌打ちした。
 カン高い女の笑い声と蓄音機の金切り声に耳がどうにかなってしまいそうだった。あまりの騒音に会話も成り立たず、うんざりしてそろそろ帰ろうかと思った時、隣のボックスで言い争う声が聞こえて来た。何やら、酔った勢いでの喧嘩らしい。
「きさまぁー!名誉ある陛下の軍隊にケチをつけるか!」とか「この国賊め!我が国体を欧米の退廃文化と一緒にする気か!」などという罵声が響いて来る。
 彼は、やれやれと思いながらも止めに入った。「もう、およしなさいよ。いくら忠実に再現すると言っても、ここまで来ればやり過ぎでしょう」
そして、うんざりするように言った。
「日本はアメリカに戦争で負けたんだから、ある程度風俗が染まるのも仕方がないでしょうが・・・」
 一瞬、袴姿でステッキを振り回していたヒゲ面の男の動きがピタリと止まった。
「何? 貴様・・・今何を言った? 戦争に負けただと?」男の眼がぎらりと光った。
「日本がアメリカにいつ負けた?」
 彼は舌打ちしながら言った。「まったく、おかしなことは言わないでくださいよ。負けたものは負けたんだから仕方ないでしょう・・・さあさあ、もういい加減に・・・」そう言いかけたとたんだった。男のステッキが勢いよく降り降ろされ、テーブルの上の灰皿が粉々にくだけ散った。女たちの悲鳴が上がり、たちまち、あたりはてんやわんやの大騒ぎとなった。
 気がつくと、警察の取調室だった。そこで訊問されたのがよけいに悪かった。彼は興奮のあまり、日本がアメリカとの戦争に負けて無条件降伏したこと、警察の民主化のあり方だの、軍国主義的教育がどれほど危険かなどということを不満気たっぷりに一気にまくしたてたのであった。
 しかしよく考えると、この時いいかげんに気がついてもよさそうなものだった。まもなく、彼は自分が本当の昭和初期の時代にいるということに気づくのである。
 その後、危険思想人物として特高(天皇制に反対する人間を逮捕して訊問や拷問を加える機関)に引き渡されると知った彼は、青くなって必死に弁解を繰り返したがもう後の祭りだった。
 あの風俗店が、数十年後の未来につながっていたなどという話をこの時代の誰が信じてくれるだろう。全く、とんでもないことになっちまったと彼は留置場の中で途方に暮れるしかなかった・・・という話である。
* 時間という概念 *
 いつの間にか、ひょんなことから、違う時代に入り込んでしまうことをタイムスリップ(時間転移現象)というらしい。時間と空間は密接な関係にあると言われ、そのことはアインシュタインの相対性理論の中でも繰り返しのべられている。それはまるで、網の目のように互いに複雑に織り込まれ、それがどこまでも無限に連なっている布のような存在なのである。
 我々はこれを時空連続帯と呼んでいる。日常のつまらないごたごたやもめごとから日々刻々と変化する世界中の出来事まで、一切合切がこの帯の一点に凝縮されているのである。そして、時間というもう一つの軸に沿って永久に変移しているのである。
 しかし、普段、服を着ようとしてボタンの掛けちがいが起こるように、時たま、この時空連続帯にもこれに似た現象が発生する。何かものすごい衝撃が加わったり、何か予期せぬ要素が加わった結果、それが何なのかわからぬが、時空連続帯そのものが裏返ったり、ねじれたりすることがあるらしい。もう少し具体的に言えば、ある三次元空間が切り取られ、過去か未来のいずれかに、一定量、時間軸上をスライドしてしまうということであろうか。その現象がタイムスリップなのである。
 これまでに、こうした現象に遭遇してどこか別の空間、または違う時代に入り込んでしまったと思われるケースがたびたび報告されている。
* 二人のイギリス女性の体験した奇妙な話 *
 これからお話しするのは、1901年のある夏の昼下がりに起こった出来事である。イギリスからの旅行客だったモーバリーとジュアディンの二人は、フランス、ベルサイユ宮殿内にあるプチ・トリアノン庭園をぜひ見たいと思い、のんびりとその方角に歩いていた。
 その日は、午後からにわかに曇り空となり、何となく鬱陶しい感じのする空模様であった。辺りはおかしなことに鳥の声一つせず、木の葉のざわめきもなく、恐ろしいほどに静まり返っている。
 二人は、急に襲ってきたわけのわからぬめまいに少し不愉快な気分になりながら小道を歩いていた。
 何か夢の中にでもいるような奇妙な気分だった。歩いている感覚がまるでなく、宙に浮いているような妙な感覚なのである。回りの景色も時おりぼやけたり、白っぽく霞んだりして見えたりしているが気のせいなのだろうか?
プチ・トリアノン宮殿、王妃マリー・アントワネットの趣味が随所に生かされていた。
 二人はぼんやりとそんなことを考えていた。
 しばらく歩いているうちに、向こうから二人連れの女性がやって来るのが見えた。しかし、その恰好がどうも変なのである。
 一人は、髪を異常なほど高く上にかきあげて、ヒダのゴテゴテしたガウンのようなロングスカートをはき色鮮やかな刺繍の入ったコルセットを身につけている。
 もう一人の婦人は、白い大きなボンネットにマントのように長いスカートを身につけ、長い杖のようなものを持っている。すべてが見たこともない服装なのである。
 きっと観光客向けの衣裳を着てキャンペーンか何かしているのだろうと、最初は気にもとめなかったがどうも様子がおかしい。キャンペーンなら観光客の自分たちに笑顔をふりまいてもいいはずだ。しかしそのような雰囲気はまるでなくむしろ異様な警戒感さえ感じられるのである。
18世紀フランスの貴婦人のファッション、ロープと呼ばれるドレスと3種類のスカートを身につけ、その上をコルセットで締め上げる。調髪と衣裳の両方で、狂気の沙汰とも思えるほど、恐ろしいほどの時間がかかった。
 相手の方も、二人の存在が気になるのか、好奇な眼差しでチラチラ見つめているようである。すれ違うなり自分たちの方を振り返って見つめている気配さえするのである。
 そのうち、周囲を小さな岩に囲まれた音楽堂らしい建物に出た。どうやら道に迷ってしまったと感じた二人は、そこにいた一人の男に道をたずねようとした。しかし、近づいて声をかけようとして思わず息を飲んだ。その男は、色黒で顔には天然痘の跡らしい瘢痕が無数にあり陰気な雰囲気を漂わせていたのだ。そして、その男の身なりも異常としか言いようのないものであった。
 長い折り返しのつば広の帽子を被って、キュロットをはいていた。袖の短い胴着を着ていたが、その上にはスカートのようなヒダが波状に垂れ下がっているのである。こんな奇妙な形の服装は見たこともない。しかも、男の感じから話しかけられるような雰囲気ではなかった。この人物は気でもおかしいのだろうか? そう思うと、気味が悪くなって道を尋ねる気も失せてしまい、二人は足早に立ち去ろうとした。
「マダム!そちらに行ってはなりませんぞ。危険です。小宮殿へ行くにはこちらの道です!」
 その時、二人はどこか変ななまりのあるフランス語で鋭い調子で呼びとめられた。
 振り返ると、一人の男が立っていた。男はたった今駆けて来たかのように、ハアハアと肩で息をしている。何か、緊急の用事でもあったかのようである。
 しかし、この男の身なりもまた妙で、古めかしいソフト帽を被り、黒いマントをはおって髪を長くカールしていた。
当時の貴族の服装
 ともかく、教えられた通りに真っ直ぐに進んでいくと、古めかしい小さな橋に出た。橋の向こうには一軒の建物が立っている。その建物は農家風の造りで、前にはイギリス式の庭園が広がっている。そのテラスで、白い服の金髪の女性が腰掛けてスケッチを手にしてしているのが目にすることが出来た。そう若くは見えなかったが、なぜか気品のようなものを感じさせる女性であった。写生でもしているようである。
 その金髪の女性は、二人の存在に全く気がつかない様子で、スケッチから目を離すことがなかった。
 それにしても、やはり彼女の服装も妙だった。大きな白い帽子に見たこともないような大きなスカート、見れば見るほど変わった服装である。
 モーバリーは、この時、彼女からなぜか生気というものが感じられず、もの寂しい雰囲気が漂っているのを感じていた。まるで、夢の中での幻想的な光景のようだった。
マリー・アントワネットは仮面舞踏会を開いたり、時には、自ら作曲をしたり、絵を描いたりするのが好きであった。
 その時、若い男が家から出て来て、指で方角を示して宮殿までの道を教えてくれた。
 その道をしばらく行くと、ようやく、プチ・トリアノン宮殿が見えてきた。入口は、いつも見慣れた服装の観光客でごったがえしている。二人はその光景を見てなぜかホッとした。そして、気がついてみると、頭の中にあれほど漂っていた夢のような気持ちも嘘のように消え失せていた。
 二人はイギリスに帰ってからも、あの時見た異様な光景が忘れることが出来なかった。そして、しばらくするうちに、それをどうしても確かめてみたくなった。3年後に再びベルサイユ宮殿を訪れた二人は、同じ道をたどって確かめようとした。しかし、守衛にたずねようが、誰にたずねようが、そのような場所を知っている者は一人もいなかった。
 その後も、二人はあきらめずに専門家に尋ねたり、図書館に足を運んだりしていろいろと資料を調べたりした。そうしてもしかしたら、自分たちはあの時、過去にタイムスリップしたのではないかと本気で考えるようになった。しかし、あまりの現実離れした話にこのことを信じる者は誰もいなかった。しかし、二人はますますこの考えに確信を深めていった。
 そして数年かけて判明したことは、二人が偶然行き着いた小さな建物は、現在は存在せず、革命当時はプチ・トリアノンの近くに実在していた小音楽堂だということがわかったのである。革命当時の庭園は、現在の配置とはかなり異なっており、現在の人間にはわかるはずもないのも当然であった。また、そこで出会った色黒で陰気な男は西インド諸島出身のボードルーユ伯爵らしいということもわかったのである。
 そして、彼女たちが踏み込んでしまったのは、どうやら、フランス革命がぼっ発した直後の1789年10月5日らしいと思われた。
 というのは、あの日は、貧民街の市民数千人がパンをよこせと叫びながらベルサイユ目指して押し掛けてくるのだが、息を切らせて二人に道を教えてくれた男は、この暴動を告げるために王宮から派遣された使者だったのではないかと思われるのである。
1789年10月5日、食料不足から不満が爆発し、数千の市民がベルサイユに殺到した。「パンがないのなら、お菓子を食べればいいでしょう」は、彼女の言葉ではないが、マリー・アントワネットの浪費癖は民衆の槍玉にあげられ、やがて憎悪の対象となっていく。
 翌日には、近衛兵と市民との間で衝突が起こり、王宮は暴徒によって蹂躙されてしまうことになるのだが、この不穏な気配の中で、貴族たちの多くは国外脱出を計画したり、財産を隠したりで殺気立っていた時期でもあった。
 ボードルーユ伯爵もそんな貴族の一人で、近寄りがたい陰気なムードを漂わせていたのはそのためだったのかもしれない。
 また、農家風の建物のテラスでスケッチをしていた金髪の女性は、かの悲劇の王妃マリー・アントワネット、その人ではないかとも思われた。
 というのも、彼女は、バスチーユ襲撃の後、ルイ16世にいち早く、オーストリアへの逃亡を訴えたが聞き入れられず、そのせいか、日に日に自暴自棄となり、すさんだ生活を続けるようになっていたのである。
マリー・アントワネット(1755〜1793)断頭台の露となって消えた悲劇の王妃。華美を好む彼女の性格は、民衆に必要以上に憎まれることになった。
 モーバリーが、彼女から生気を感じられずもの寂しい雰囲気が漂っているのを感じたのもそのためではなかろうかと思われるのだ
 こうして、二人はやはりあれは現実に起こった出来事なのだと確信を持つに到ったのであった。そして、10年後、彼女たちは、自分たちが経験した不思議な体験を一冊の本にまとめ「奇妙な体験」と題して出版したのである。
* 時間の渦に巻き込まれて消えた人々 *
 すると、モーバリーとジュアディンの二人は、本当に過去のフランスにタイムスリップしたのだろうか? あるいは、別な考え方もできる。二人はどちらも霊感が強く、とりわけ透視能力に長けていたので、過去の幻影を感知しただけかもしれないというのである。
 プチ・トリアノン庭園の周辺は、現在でも、霊感の強い人間であれば、たびたび地縛霊を感知できる場所として知られているのである。人によっては、18世紀の古めかしい衣装を着飾った淑女の幻影が見えることもあるし、誰もいないはずの空間から、衣擦れの音がしたり、大勢の人々のざわめく声や馬車の音などが聞こえて来るというケースもあるのだ。
 二人が話を交わしたというのも、彼女たちがそう感じただけだったのかもしれない。しかし、二人の存在は向こう側の人間にも気づかれているようなので、そうなると彼女たちが地縛霊のような過去の幻影を感知しただけとも思えない。テレパシーか何かで過去と交信ができたからなのか、それとも別な理由によるものなのか、全く雲をつかむような話である。ともかく、彼女たちの場合は、再び現在に無事に戻って来ることが出来たが、こうした事件に遭遇し、そのままになってしまったと思われるケースも少なくない。

 これは、1880年、アメリカのテネシー州で起こった話。デビッド・ラングという牧場を経営している人が妻子や友人が見ている前で煙のように消え失せてしまったという事件があった。その日、ラング氏は仕事から帰ると、夫人や友人とともにお茶を飲んで雑談にふけっていた。そのうち、牧場を点検する時間となったので、ふらりと戸外に出た。
 ちょうどその時、顔なじみの判事が馬車でやって来た。ラング氏は、やあとばかり手をあげてそちらに向かおうとした。5、6歩ばかり歩いた時、彼の姿は消え失せていた。
 彼は、5人の人間が見ている前で蒸発したかのように跡形もなく消え去ったのである。
 たちまち、大騒ぎとなり、捜査が徹底的になされたが、原っぱは見晴しのよい平地で一本の木もなければ穴一つなく、彼がどこに消えてしまったのかは皆目わからなかった。
 ただ、不思議なことに、ラング氏が消えたと思われる場所から、しばらくたって奇妙な黄色をした草が円を描くように生えて来たということだ。
 1593年には、一人のスペイン兵士がマニラからメキシコまで、一夜で移動したとしか思えない事件が起きた。マニラからメキシコ市まではおよそ1万4千キロほどもあり、当時なら2か月以上はかかる距離である。それが一晩で太平洋を飛び越えて忽然と姿をあらわしたのである。兵士本人もその理由がわからず戸惑うばかりであった。ただ、前の晩にマニラで知事が暗殺され、自分はそのために警備しているのだとも言った。その兵士は、気でも違って虚言を言っているだけなのだろうと思われ留置された。しかし、彼の言ったことは真実だった。なぜならば、2か月後、フィリピンからの船がはるばる到着しマニラで知事が暗殺されたというニュースを伝えたからである。
 これは1956年にペンシルバニア州で起きた事件なので比較的新しい。庭仕事をしていた連中が一仕事終えて休んでいた頃、その前を一人の酔っ払いが歩いていった。昼間っから景気のいいこったと誰かが揶揄するようにつぶやいたが、酔っ払いは気にもとめずに、そのまま通過していった。まもなく、「何なんだ?やめてくれ!」という大声が響き渡った。みんなは、驚いて声のする方向に駆けていった。その大声はそこら中に響き渡り、家の窓からも首を出す者がいた。しかし、声の主と思われる酔っ払いの姿はどこにもなかった。
「何なんだ、やめてくれ!」もう一度、今度は頭の上の方で声が響き渡った。しかし、方角はわからず、声は天に向かって吸い込まれていくようにかき消えてしまった。結局、酔っ払いの姿はそれっきり地上から消え失せ、彼の靴らしき足跡が途中からプツンと途絶えているのだけが確認されただけであった。
 これも、同じく1956年のオクラホマ州で起きた事件。8才になるジミーは仲のいい友だち2人とインディアンごっこに興じていた。ジミーは隣の牧師の家の塀にのぼって、悪人のインディアンが来るのを待受けていた。やがて、ジミーの下をインディアン役の子供が通り過ぎようとした。
「インディアン、つかまえた!」そう叫びながら、ジミーは塀から飛び下りたのである。だがジミーは着地せず声だけがうつろに響き、空間に吸い込まれるように消えていった。二人の子供は、キョロキョロと今飛び降りたばかりの場所に目をやったが、どこにもジミーの姿はなかった。ただ、ジミーの片方の靴だけが地面にころがっていただけであった。その光景は牧師の2階の窓から、エミリーという少女にも目撃されていた。ジミーが叫びながら飛び下りた次の瞬間、彼の体がスーと消えていくのを信じられない気持ちで見守っていたというのである。
 友人の目の前で消えてしまったラング氏や、声だけ聞こえて消え失せてしまった酔っ払いの男、塀から飛び下りた瞬間に消滅してしまった少年は、一体どこへ消え失せてしまったのだろう? そして、スペイン兵士はなぜ1万4千キロも離れた彼方に瞬時に移動してしまったのか?
* オーパーツはタイムスリップが起きた証? *
 このように、人がみんなの見ている前で、忽然と消えてしまったり、わけもわからずにとんでもない所に移動してしまったような例は、昔から世界中で、しばしば起きている出来事なのである。日本でもこの種の事件は、神かくしにあったとか天狗に連れ去られたとか言ってごく当たり前の現象のように見なされてきた。恐らく、突然生じた時間の穴に巻き込まれ、どこか違う時代か、全然別の場所、あるいは異なる次元の世界に運ばれていったのではないかと思えるのである。
 我々は、つじつまの合わない、現実には起こるはずもない現象のことをオーパーツと呼んでいる。しかし、よく考えてみると、これらの現象は時間と空間のボタンの掛けちがい、つまり時空連続帯のひずみやねじれが原因で起こったタイムスリップの結果なのかもしれない。
 だとしたら、こうした現象は、人だけではなく無生物界にも起きているのではないだろうか?
 3億年前の石炭紀の地層の中から中世の貨幣が掘り出されたとか、ジュラ紀の地層からメノウ化した道具箱が発見されたとか、2億年前の化石の中に革靴の足跡が残されていたとか、白亜紀の地層からネジつきのボルトが発見されたとか、カンブリア時代(5億年前)に生息していたはずの三葉虫が人の足で踏みつぶされたらしい化石が発見されたなどと言ったものは、実は、何らかの衝撃が原因で、ある空間が時間軸上を逆行し、タイムスリップした結果ではないかとも思われてくるのだ。
3億年前の地層に中世のコインがはさまっていた!
 こうした話はSF小説の手法としてよく使われることが多い。大きな衝撃で人や物が異次元空間に飛ばされてしまうという奇想天外なストーリーである。
 では、もし核爆発の凄まじい衝撃で過去に吹っ飛ばされてしまったらどうなるだろう。核爆発の中心部分だけが、破壊されることなく、はるか太古の時代、つまり時間軸上でおよそ6千万年ほど前の過去に逆行してしまったとしたら。
 その時、この空間の中にいた人間の目にはどう映るだろう。恐らく、今まで見慣れたはずの街の風景が陽炎のごとく嘘のように消え失せてしまい、急にうす暗くなったと思うと、いつの間にか、自分がうっそうとした大原生林の中にいることに気づくのである。今まで聞こえていたクルマの音や生活音は聞こえず、逆に濃いオゾンを含んだ空気を吸ってたちまちむせ返り、急に襲って来た高温と湿度に身体中から汗が吹き出して来る。
 静寂に慣れて来ると、森のあちこちに奇妙な鳴き声、ざわめきがこだましているのに気がつくはずだ。
「ドシン!ドシン!」まもなく、背後にものすごい地響きが近づいて来るので、何かと思って振り向くと、腹を減らした巨大な肉食恐竜チラノサウルスが、今まさに襲いかかって来る瞬間だった・・・というのはどうだろう。
 世界にはこれまでこの種の事件が繰り返し起こって来たと思われる。ほんの一部を紹介するだけでも膨大な紙面と時間を費やさなくてはならない。これらは現在の科学技術の力をもってしても解明されず、かと言ってうやむやむにすることさえ出来ず、合理主義者には厄介な存在なのである。
 不可解きわまる不思議な事件と現象の数々・・・それを信じようと信じまいと、あるいはどう解釈しようとそれはあなたの自由である。それはそうと、例の風俗店。あなたが、もし好奇心があって一度行ってみたいと望むなら、いつでも紹介してあげよう。無事に帰って来られるという保証は出来ないが・・・
トップページへ
アクセスカウンター

inserted by FC2 system