呪いの椅子
〜座ると必ず死が訪れる呪いの椅子〜
 イギリスのヨークシャー州にあるサースク博物館にそれは展示されている。奇妙なことに、その椅子は天井からロープで吊るされているのだ。どうしてだろう? そのわけは、この椅子にはバズビーという男の怨念が込められていて、座る者は必ず死んでしまうので誰にも座れないようにしているからなのだそうだ。
 話は三百年前にまでさかのぼる。飲んだくれで怠け者のバズビーという若者がいた。ところがバズビーは大変恵まれた身分となる。大富豪の娘と結婚することになったからだ。結婚式の日、バズビーは妻の父から、見事なひじ掛け椅子を譲り受ける。
 だが、その椅子に座るようになってから、バズビーは豹変し、素行の悪さが目立ち始める。言葉使いはますます乱暴になり、何度注意しても働くことをしないのである。それは次第に拍車をかけ、ついには手がつけられないほどにまでなってしまった。その椅子に座ると、バズビーは暴君にでもなったかのように豹変するのだ。
 その当時のイギリスでは、ひじ掛けがついている椅子に座るということは権力者の象徴を意味していた。そのためだろうか、その椅子に座ると、バズビーは恐ろしいほど自信過剰になり、非難などされようものなら、それこそ取り憑かれたように暴力をふるうのである。
 バズビーの横暴さはとどまることを知らず、とうとうある日、財産すべてをよこせと言い出した。義理の父はさすがにあっさりとに断った。バズビーは、目の色を変えて激怒した。やにわにハンマーを取り出すなり、頭上にふりかざして義理の父に襲いかかっていったのだ。
「うわっ!やめろ!助けてくれ!」義理の父は頭をかかえて部屋中を逃げ回った。
「オレ様を誰だと思ってるんだ! こうしてやる! こうしてやる!」
バズビーは狂ったように追いかけ回し、父親の頭を何度何度もなぐった。
「ボキッ!グゥシャ!」いやな音がして鮮血があたり一面に飛び散った。
 その後、死体を森に隠して家に帰ると、バズビーは何事もなかったかのように椅子に座ったまま気持ちよく眠ってしまう。
 平然としたその態度はまさに異常なほどであった。だが権力に目のくらんだ人間というものは、哀れな末期をたどるという。バズビーはすぐに逮捕されてしまい、近くの森でただちに絞首刑に処せられることになったのだ。当時は面倒な裁判などといった手間をかけない時代でもあった。
 しかしバズビーは死に際にこう言ったそうだ。
「いいか! これはオレの椅子だぞ。誰も座るな。座ってみろ!呪ってやるぞ!」バズビーは吊るされるまでこう叫び続けたという。
 その後、絞首刑にされたバズビーの遺体は、ウジがわくまで絞首台に吊るされたままであったという。
 それから二百五十年近くが経った。バズビーが処刑されたという場所の後には、いつしかある酒場が出来た。
 酒場の名前は、大酒飲みのバズビーを皮肉ってつけられ、「バズビー・ストープ・イン」(バズビーの椅子)と名付けられた。
 酒場には客寄せのためか、バズビーの椅子も置かれていた。持ち主だったバズビーが異常な性格で、権力欲に取り憑かれて殺人を犯し、絞首刑になったという因縁も客寄せに一役買うことになる。こうして呪いの椅子といううわさは瞬く間に広がっていった。
 酒場に置かれた呪いの椅子を見たいがため、客が押し寄せてくるので、店はたちまち繁盛した。ところが、恐ろしい呪いは本当だとまもなく誰もが思い知ることになるのだ。
 酔った勢いで何人かが肝だめしで座るのだが、なぜかすぐに不幸な死に方をしてしまうのである。
 ある建設作業員は、仲間が止めるのもきかずにその椅子に座った。翌日、その作業員は屋根を修理中に足を滑らせて落ち、首の骨を折って死んでしまった。
 また戦時中には、ある空軍のパイロットがその椅子に座ったことがあった。
「死を招く椅子だって? そんな馬鹿なことがあってたまるか!じゃあ、このオレが呪いでも何でもないことを証明してやる」
 酒場の客は、全員黙ったままパイロットを見つめている。
 彼はおそるおそる椅子に腰かけた。
「ほら、何んてこともないだろ! こんなの迷信なんだよ、ハッハッハ・・・」
 彼は意気がって椅子の上で足を組み、胸をドンとたたいて大笑いをしてみせた。
 ところが、その数時間後、パイロットは原因不明の事故に会ってあっけなくこの世を去ってしまったのであった。
 犠牲者はこのパイロットだけではない。大戦中には、度胸自慢の軍人が何人かこの椅子に座ったことがあったが、座ったが最後、すべての軍人は戦死して生きて祖国に戻ることは出来なかったのである。
 こうして、この椅子に座って死んだ人間の数は、三百年間で実に六十一人にものぼった。
 これはやはりバズビーの呪いのせいなのだろうか? 理由はどうであれ、不幸を呼ぶ椅子であることは確かにちがいない。 なにしろ座った者は全員ことごとく死んでしまったのだから。
今もサースク博物館にはバズビーの椅子がつり下げられている。
 椅子はその後、酒場のオーナーからも気味悪がられ、サースク博物館に寄贈されてしまったそうだ。

 こういうわけだから、今もバズビーの椅子は誰も座ることがないようにロープで吊るされたままなのだ。

 今、話したバズビーの椅子のケースはひとつの例に過ぎない。呪いのメカニズムとは、ある物に過去の怨念が取り付き、ずっと消えることなく今日まで受け継がれられているマイナスのエネルギーと言えよう。しかしそれは対象は椅子だけであるとは限らない、ベッドや枕と言ったものかもしれないし、バッグや帽子、アクセサリーのような身につけるものかもしれない。
 あるいは屋敷や部屋自体に呪いがかけられていることもあるのだ。かつて客が奇怪な死に方をしたホテルや旅館の一室などに泊まって、とんでもない恐怖体験をしたという話は枚挙にいとまないほどだ。
 ところで、いつも座って本を読んでいるあなたの椅子はどうだろう?それがどこで手に入れたものか知らないが、恐ろしい呪いの椅子でないことを祈るだけだ。
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