夢遊病の怪奇
 〜精神と肉体の分離する奇怪な症状〜
 年のはなれた仲のよい姉妹が同じ部屋で生活していました。寝るときは二段ベッドです。ある朝のこと、起きた姉は妹の異変に気づきました。妹の手がクレヨンで汚れているのです。机の上には箱に入ったクレヨンが散乱しています。
「その手どうしたの?」
「わからないの、起きたらよごれてたの・・・」
 姉は周囲を見回しましたがそれらしき紙などありません。クレヨンでなにかに描いたのでしょうが、どこに描いたのかさっぱりわかりません。姉はふと天井を見上げてあぜんとしました。
「きゃあー、なにあれ?」口を押さえて姉が指をさす方向にはクレヨンで描きなぐったような意味不明の落書きがたくさんあったのです。人の顔のようなもの、不気味な目玉か花びらのようなシルエットに大小のアルファベットや文字がゆがんで書かれています。きっと、二段ベッドの上で寝ている妹がクレヨンで描いたものにちがいありません。姉はいろいろ尋ねますが、妹はまったく覚えていないと言い張ります。この日をさかいに妹の奇怪な行動が始まりました。
 いつも起きてみると、妹の手や顔がクレヨンで汚れていたり、きちんと置かれているはずのものが別の場所に移動していたりするのです。しかし翌朝、本人に聞くとまったく知らないといいます。
 今夜こそ、何が起こるのか見届けてやろう。こう思った姉は寝ずに見張ることにしました。
 午前二時をすこし過ぎたころでしょうか、バサッとふとんがめくられる音がします。
 つづいて、ベッドがきしむ音がして妹が起きあがる気配がしました。
 姉が暗闇の中で息をこらしていると、すうすうと寝息を立てたまま妹がベッドのはしごをそろそろと降りていくのが見えました。
 ベッドから出た妹は、フラフラした足取りで洗面所へ行くようです。まるで暗闇の中を白っぽいパジャマだけが踊っているように見えます。しばらくすると歌声が聞こえてきました。トーンの狂った気持ちの悪い歌声です。歌はアニメのテーマソングになったり、流行の歌謡曲になったり、同じ節を何度もグルグルくりかえしています。
 次に何をするつもりなのか、ガサガサゴトゴト、姉の化粧道具でお化粧でも始めたようです。息をひそめて聞き耳を立てていると、洗面所から帰ってきたらしい妹が、押し入れのふすまを開ける音がします。真っ暗な押し入れの中から調子のはずれた歌声がかすかに聞こえてきます。姉はあまりの気味の悪さに生きた心地がしません。
 急に歌声はやんでシーンと静まりました。姉はおそるおそる近づきました。ふすまの下の方で白っぽいものが見えます。よく見ると、それは妹の顔でいつのまにか、ふすまから顔を半分出してこちらをじーっと見ているのです。無茶苦茶にアイラインを引いて両目を見開いたその顔は今までに見たこともない不気味な表情でした。姉は卒倒しそうになるのを必死に口を押さえて後ずさりし、ベッドに飛び込むなり布団を頭からかぶって朝までガタガタふるえていました。
 翌朝、姉はこのことを告げようかと思いましたが、まったく記憶のない妹がショックを受けるといけない思って黙っていることにしました。
 夢遊病という言葉を聞いたことがあると思います。それは真夜中、睡眠中に立ち上がって歩き回ったり、意味不明な行動をとる症状のことで、その間の記憶がまったくないのがこの病気の特徴です。短いときで三十秒ほどつづき、長いときは三十分以上も続くこともあるということです。時として夢遊病の患者はとんでもない行動をとります。
 ある女性は、眠っているあいだにパソコンを立ち上げ、友人に向けて三通のメールを打ったりしました。「明日来てね。この地獄の穴をなんとかしてよ。夕食とお酒、午後四時にワインとキャビアだけ持ってきて」という意味不明の内容だったのです。しかも大文字と小文字が混ざっためちゃくちゃなものでした。
 彼女は十時に眠りについたのですが、その二時間後に起きてパソコンを立ち上げた痕跡がありました。彼女の場合、パソコンを立ち上げるには、ユーザーネームとパスワードを入力せねばならず、彼女は眠っていながら、それらを次々とこなしメールまで送ったというのです。
 彼女はこうした事実がわかると大変なショックを受けました。
 この症状では、眠りについたとたんに別の人格があらわれて勝手気ままに行動したようですが、一体なにが原因でそういった奇怪な行動を取るのでしょうか? 
 最近、報告されている例としては、眠っている間に料理をして食べた形跡があるとか、クルマを運転したとか、乗馬をしたとかという話もあります。
 中には高さ四十メートルもあるクレーンをよじ登って、そのてっぺんで気がついたら眠っていたというケースまであるのです。
 夢遊病は、一般に内気で神経質な人に多いとされ、とくに十二歳以下の子供によく見られると言います。 眠りが深いときに起きやすく、突然起きあがって歩き回ったりします。
 ときには目を見開いたまま言葉を発することもありますが、本人には自覚はなく起きているようでも眠ったままなのです。こういう時、まわりの人が起こそうとしてもなかなか起こすことはできません。そして目覚めたあとは、本人にはこの間の記憶がまったく残っていないのです。

 夢遊病患者はときとして意識のないままに家を飛び出してさまよったりもするそうです。

 ある夢遊病の少年は、夜中に起き上がって外をうろつきまわることがよくありました。家族もこの少年のことは分かっているので、ドアが閉まっているかどうかを確認していつも注意をしていましたが、ある真夜中にドアが開いていることに気づきました。
 寝室を見ると、寝ているはずの少年の姿が見えません。眠ったまま少年が外に出て行ったらしいことを知ると、父親が慌てて追いかけました。
 ほうぼうを駆けめぐってやっと少年の姿を見つけたとき、少年は深さ二十メートルもある空井戸に身をのりだして今まさに飛び込もうとしていたところだったのです。
  父親はあまりの光景にがく然としました。父親は少年の身体に飛びついて引き離し、間一髪で命を救いました。
 その後、家族は少年に何か悪い霊が取り憑いているのではないかと思い、お払いをしてもらうことにしました。
 さいわいなことに効果があったのかそれ以後、少年の奇怪な行動はピタッと治まったということです。やはり何かの霊が少年に取り憑いていたのでしょうか。
 この話のように、肉体から分離した精神は、ときとしてもとの肉体に攻撃的になるということが知られています。夢遊病は精神病の一種なのか、あるいは霊的なことが原因で起こるのか、現状ではいまだによくわかっていません。いずれにせよ、脳と肉体のバランスが崩れたときに起こる奇怪な行動は未知の原因が関係しているとみられています。
( K. I レポートより)
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