人面瘡
〜深層心理に秘められたもう一人の醜い自分!?〜
 人見知りのはげしい少女がいました。友人もなくいつも一人で行動するのが好きでした。少女には気になる悩みごとがありました。それは首筋の後ろのあたりに顔の形をしたようなアザがあったことです。あざは小さいときからありましたが、人にも言えず毎日陰気になって部屋に閉じこもるのにはそういうわけがあったからなのでした。
 そういうことで、少女はますます内気になって、そのうち他人の幸せを憎み、何ごとにもヒステリックになっていきました。幸せそうな生活を見ると、たまらなくぶちこわしたくなるのです。生き物にも冷淡で、捨てられている子猫を見ても知らん顔です。そのうち、食欲もなく睡眠不足になり体調を崩してしまいました。
 ある日のこと、珍しく気持ちがいい天気なので、公園のベンチでひとり腰かけて読書していると、急に後ろから誰かに見られているような視線を感じたので少女はびっくりしました。
あたりを見渡しても誰もいません。気のせいだろうと思って再び本のページをめくろうとしたそのとき、耳元でぼそっとつぶやく声がしました。
「おい、その本、読んできかせてくれ」
「えっ? だれ・・・」
 しかし公園にそれらしき人影はありません。
「くくく・・・」今度は気味の悪いふくみ笑いがします。今度こそ、少女ははっきりと声を聞きました。空耳などではありません。ずぶとくてしゃがれた声なのです。少女はどうやら、声が自分の首筋あたりから聞こえてくることに気づきました。右手でそっと押さえてみると、もそもそと動き回っている気配がします。
「まさか! あのあざが・・・」
 いやな思いが頭をよぎりました。心臓はドキドキ脈打ってパンク寸前になり、目の前は真っ暗です。少女は急いで家に帰るなり、鏡をとりだしてあざを見ました。背中を映してみると、なんとそれは人の顔の形になっていました。赤ん坊のような老人のような、とても気味の悪い顔なのです。目をうっすらと開き、口をもごもごと動かしています。
「キャアー、いったいこれは何なの!」
 恐怖のあまり両手で顔をおおった少女は卒倒しそうになりました。
「へへへ・・・食べたい、食べたい、ああ、腹がへった・・・何か食い物をくれ」

 不気味な顔は大きな口を開けるとこの世のものとは思えない声を出すのでした。

 人面瘡(じんめんそう)とは、人の肩や腹などの部分にできる奇怪なはれものです。人間の顔のように目も口も鼻もついて、物を食べたり、話をしたりもします。この奇病の話は江戸の奇談や怪談にもたくさん出てきます。
 怪霊雑記という奇談集によると、ある男が女を殺してしまいますが、それ以来、自分の股にその女の顔の人面瘡ができ、どんな薬を飲んでも祈祷をしても効果はなく、刀で切り落としてもまたすぐにできてしまうので、人目を忍んで隠れ住んだということです。累ヶ淵(かさねがふち)という怪談では、顔の醜いことから、殺されて怨霊となった累(かさね)という女の人面瘡が毒気を吹き出し、それを浴びた人々の顔が同じように醜い顔になってしまうというものです。
 諸国百物語という怪談集にも人面瘡の話が出てきます。下総国(しもさうのくに、今の千葉県)の話で、それによると、男が下女に手をつけたのですが、嫉妬に狂った妻は下女を殺害してしまいます。しばらくすると、男の両肩に人の顔のような腫れ物ができ、その数日後には、妻が原因不明の病におかされ、急死してしまいます。それ以来、両肩の腫れ物は絶えず男によからぬことを話しかけてくるようになります。無視したり、食べ物をやらないでおくと、猛烈な呼吸困難に落ち入ったそうです。あるとき、旅の僧が事情を知り、男の両肩の腫れ物に対して法華経を唱えると、腫れ物から蛇が現れたので、それを引き抜くと塚に埋め、供養したところ、ようやく両肩の腫れ物は直ったという話があります。
 明治時代にも人面瘡の話が新聞記事で報じられています。その記事によれば、三重県の農夫の股のあたりに人間の顔のような腫物ができ、口を開いて食べ物を求める様子だったので、試しに飯を与えたところ、一升ほどの飯をあっという間に平らげ、まだ飽き足らない様子だったといいます。
 人面瘡の話はなにも日本だけではありません。中国の奇談集の中にも出てきます。それは、日ごろから上品な言葉使いばかりしていた女性にとりついた話ですが、人面瘡は聞くに耐えない悪態を大声でつくのです。まるで頭のおかしくなるような下品で野卑な言葉がどんどんと出てくるという話です。
 こうした奇談集や怪談で、登場してくる人面瘡は何が原因で生じてくるのでしょうか? 人面瘡は人間の体内にひそむ怪虫という寄生虫によって引き起こされる病気だと解説している話もあります。それによると、高熱が十日間ほど続いて苦しんだ後、腹にできものができ、次第にそれが人の顔のような形状になるのだそうです。
 やがて困ったことに、そのできものは他人に知られたくない秘密をペラペラと大声でしゃべり出すので始末に終えないそうです。しゃべるだけでなく食べ物も要求します。食べ物を与えなければ、大声で悪態をつき、ズキズキと体が痛み出すのです。
 ある名医が、できものが嫌がる薬を調合して無理やり飲ませたところ、できものは次第に弱り始め、それと同時に肛門から怪虫が出てきたそうです。
 それは体長が三十センチほどのトカゲのような形をしており、頭には一本の角が生えていたそうです。
 逃げ出そうとしたところを打ち殺したそうですが、まもなく患者は元気を取り戻したということです。
 これらの話の多くは人面瘡は人間の業のために生じてくると結論づけているようです。つまり人面瘡は心の奥底にかくされたもうひとりの醜い自分の化身だというのです。
 こういうテーマで描かれた物語に「ジキル氏とハイド氏」という話がありますが、人間には二面性があり、善人ぶったその陰には隠されたもう一人の野獣のような自分がいるということでしょうか。
 さて、その後の少女はどうなったでしょう? 恐怖で失神した少女はしばらくして自分が精神科の病棟に入院していることに気づきます。久しく治療をするうちに、少女の気味の悪いできものは、ただれて大きな固まりとなり、やがて、かさぶたのようになってはがれ落ちていきました。何が原因だったのかはっきりしたことはわかりませんが、少女自身は自分の陰湿な性格が原因だったと考えているようです。他人を思いやる心がどれほど大切かを知ったようなのです。
 今では少女は以前とは打って変わって、みちがえるほど明るい性格に変わりました。もう忌まわしい過去の思い出にとらわれることなく、少女は楽しく毎日を過ごしているということです。              
( K. I .レポートより)
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 参考文献・資料
http://ja.wikipedia.org/wiki/人面瘡
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