透視と予知の話
 〜もし不吉な未来を予言されたら?〜
 ずいぶん以前の映画で「エックス線の眼を持つ男」という作品があった。それは、実験の途中で物を透視できる能力を持ってしまった男の悲劇だ。
 最初はいい案配だった。服だけ透けて見えるのである。ナース姿の女性も下着だけを身に着けている状態で見える。そういう状態であるので、男は必要以上にじろじろと見つめてしまう。男の心ははずんだ。周りにいる人々は、男がいつも意味もなくニヤニヤ笑いを浮かべているので不審に思ったにちがいない。しかし、事態は男の希望通りにはいかなかった。透視能力はその段階で止まることなくさらに進んでいったからだ。
 やがて見たくないものも見えだした。誰でも皮膚の1センチほど下には、青い静脈や赤い動脈、さらにリンパ管などのぐにゃぐにゃしたものが、ピンク色をした筋肉組織に複雑に絡み合っているものだ。そうしたものがうっすらと見え出したのである。それが次第にクリアーになって来るのだから、うす気味悪いことこのうえない。
 やがて、周辺の人間が医務室などに置かれてある人体標本の模型のように見えだした。内臓やらうねうねとうねった消化器官、どろどろした何かが消化されて胃から腸に送り出される様子、青い糸のような神経の束、視神経の先には血走ってくりくりと動く眼球がつながっている、顎骨から赤い帯のようなものがひらひら動いているのは舌であろうか、心臓はどっくどっくと規則正しく脈打って真紅の血液を送り出している。その中には病気なのか腫れ上がってどす黒くなっているのもあった。そうしたものが見えるのである。それはぞっとするような悪夢としか言いようのない眺めであった。
 そしてさらに能力は進んでいった。耐えられなくなった男は濃いサングラスをかけた。あるとき、男は不意に話しかけられた。
「先生、近頃、ずいぶんお目にかかれませんでしたのね」女の声だ。挨拶されて思わずサングラスをはずした男は愕然とし、あまりの恐怖で全身が総毛立った。
 男の横には一体の骸骨がたたずんでいた。洞穴みたいに真黒になった空洞部分が自分の方に向けられている。おそらく、そこには目があって実際は彼を見つめているのだろう。
 やがて白くて細い骨だけの右手が動くと口元付近を隠した。「あら、いやですわ、先生、じろじろお見つめになって」笑っているのだろうか、骸骨の下顎がカクカクと不気味に開閉を繰り返していた・・・。
 人間には、まれに物を透視する能力や、未来に起こることがわかる予知能力を持っている人間がいるという。普通ならば、物の透視が出来て、何日か先の未来が見える能力があればどれほど素敵だろうと思ったりするが実際はどうだろう?
 賭け事や勝負事の結末がわかるのなら、大儲けできるだろう。ポーカーだったら、相手の札が丸見えだし、ルーレットならそこに一点掛けすれば何十倍にもなって返って来る。ラスベガスに行けば、一晩で億万長者になることも可能だと誰でも思う。しかし安易に考えてはいけない。そこにはきっと大きな落とし穴があるはずだ。
 競馬などで結果がわかっていても、どうすることも出来ないのである。そのときにかぎって妙に事故が起こったりして、その場所にいけず、馬券そのものを買うことが出来ないのである。代理人にやってもらおうとしてもだめだ。どういうわけか連絡がつかず、急に体調を崩したりする。要するに結果がわかっていても、何もできないのである。
 また危険が迫っているのがわかっていてもそれを回避できないというのもある。数日後に事故に合うことが予知できても、それを避けることが出来ないのだ。家に閉じこもって外に出ないようにしてもだめだ。最終的にはどういうわけか事故に遭遇してしまうのである。
 つまり未来は絶対に変えることは出来ないということなのである。もし未来を変えてしまったら、いろいろと矛盾が起こることになる。これをパラドックスの原理と呼ぶらしい。こう考えれば、確定された未来がわかるだけで、それをどうすることも出来ないなら悲劇以外の何物でもないと思う。
 それでも、やっぱりあなたが透視能力や予知能力を持ちたいなどと考えているのなら、これから二つほどお話しした後に、もう一度お聞きすることにしよう。
* 気味の悪い運命の予言 *
 ジャック・カゾットは「悪魔の恋」という小説を書き、18世紀のフランスの幻想文学の担い手にもなった作家として知られている。しかし、カゾットは作家だけにとどまらず、予知能力があったことでも知られる人物だ。彼はフランス革命の勃発とその後の知人たちの運命を的確に予言したことで一躍有名になったと言われている。
 1788年1月のある夜のこと、グラモン伯爵夫人の主催で晩餐会が催されることになった。各業界から著名人が集まった。ワインとブランディで宴はひとしきり盛り上がり、芸術や政治の話題で座はいちだんと熱をおびはじめ、最近起こったアメリカ独立戦争のことに話がおよんだとき、カゾットは急に立ち上がって言った。
「君たち、まもなく革命が起こるよ。それは自由と哲学と理性の名のもとに起こる」
「やれやれ、また君の得体の知れない講義がはじまったな。で、なんだって?革命が起こるのどうのこうのって」天文学者だった知人が言う。
「そうだ。革命だよ。それはもうすぐ起こる。引き起こされる流血も半端ではない。多くの人間が命を失うことになるだろう。そしてここにいる君たちも否応なく巻き込まれる。君もだよ、侯爵」カゾットはこういって目の前でニヤニヤ笑いをしているコンドルセ侯爵を指して言った。
「いやに自信たっぷりに言うね。わかった。じゃあ、ひとつ我々の未来を占ってくれるかな? 偉大なる予言者さん」コンドルセ侯爵はそういうと茶化したように両手を広げて見せた。カゾットはしばらく目を閉じると、知人たちの顔をひとりひとり見つめながら言った。
「いいでしょう。コンドルセ侯爵、あなたは牢獄に長らくぶちこまれます。ネズミがうじゃうじゃいて、汚物と悪臭のただよう最悪の環境です。あなたはやがて死を願うようになります。結局、死刑判決が出て自分から毒を飲むことになるでしょう」「ほう!」コンドルセ侯爵の息を飲むような声が響き渡った。しかし、もう顔からは笑いの表情は消えていた。次にカゾットは劇作家のシャンフォールに向き直ると言った。
「あなたも耐えかねて獄中で何度も死にたいと思うようになります。でも人間なかなか死ねないものだ。22回も手首を切るんですからな。でも最後には成功するはずです」シャンフォールは思わずうつむくと無言で自分の手首をじっと見つめた。
「先生、あなたはギロチン台に送られます。ただ最期はいたって堂々とされていましたな」天文学者だったシルヴァンにカゾットは言った。シルヴァンの顔が一瞬ひきつるのがわかった。
 もうそのころには周囲は恐ろしく張りつめたムードになっていた。その緊張感に耐えかねたのか、グラモン伯爵夫人が言った。「私は・・・私はどうなの? 無事でいられるの?」
「いいえ、伯爵夫人、あなたもギロチン送りです。お気の毒ですが・・・」夫人の持っていたグラスが落ちて粉々に割れる音がした。
「博士、あなたは自分で死ぬ勇気がもてない方です。看守に頼んで手首を切ってもらうことになります」博士であったヴィック・ダジールは思わず宙を見すえた。くちびるがわなわなと震えている。
「で、わしも処刑されるのかい?」そう言ったのは、劇作家ラ・アルプだった。彼は予言や迷信など一切信じない無神論者で通っていた人物である。ひょうきんに言ったつもりだったが、声がうわずっていた。
「いいえ、あなたは革命を生き延びます。しかし、多くの悲惨な出来事を体験したので、熱心なクリスチャンになるでしょう」ラ・アルプは胸を二度ほどなぜまわすと、なぜか安堵のため息をもらした。
 こうしてカゾットは次々と6人の知人に恐るべき最期について言及していった。それは6年以内に実現すること、また自分自身も処刑されてしまうこと、いくら努力しても運命から逃れることは出来ないことなどをつけ加えたのである。
 最初、笑い飛ばしていた知人たちも、次第に青ざめた表情となり、カゾットの予言が終わるころには、一言も口をきく者はいなかった。そして宴もしらけた感じでそのままお開きということになり、全員、無言で馬車に乗って帰っていった。
 それから時は過ぎ、1年半ほどが過ぎた1789年7月24日の早朝、突如、バスチーユ監獄が襲撃され、フランス革命が勃発した。
 革命はやがてフランス中に広がっていき、次第に過激な内容に変化していった。カゾットの予言が的中したのだ。
 運命を予言された知人の中には、国外に逃げ出そうと考えた者があった。しかし、それらはことごとく失敗してしまった。
 コンドルセ侯爵は捕らえられると牢にぶちこまれた。そしてギロチン台に送りこまれる前に自ら毒を飲んだ。シャンフォールは手首を切って自殺をはかった。しかしなかなか死にきれず、結局、ほとんど廃人のようになって数か月後に死んだ。手首を切った回数は予言通り22回であった。
 ヴィック・ダジール博士は革命がはじまり、いつ逮捕されるかわからぬ恐怖心からか、精神に異常をきたして狂い死にしてしまった。
 天文学者だったシルヴァンはギロチン台に送られて死に、グラモン伯爵夫人は、国外に逃れようと懸命に試みたが、どうしたわけかすべて失敗。ギロチン台に引き立てられてあえなく最期を遂げた。
 そんな中で、劇作家のラ・アルプだけは革命を生き抜き、その後、熱心なカトリック教徒になった。余生は修道院で送ったという。
 そんな中、ラ・アルプの手記が1806年に出版された。それはカゾットの予言を記した内容であったが、それはあの晩餐会の直後、書かれたものであった。カゾットの予言があたるかどうか疑問に思っていたラ・アルプは、自らの日記にその日の出来事を書き記しておいたのである。もし当たらなかった場合、仕返しに皆であざ笑ってやろうと考えていたようだが、皮肉にもカゾットの予言者としての名声を一気に高める結果となってしまったのであった。
 かくして、カゾットの予言はことごとく実現してしまった。博士のヴィック・ダジールだけは、その通りにはならなかったが、それは逮捕されて投獄される前に精神的に耐えられず、狂い死にしてしまったからである。当のカゾットはと言えば、革命がはじまって3年後、ギロチン送りにされたが、すべてお見通しであるかのようにさっぱりした表情で死に臨んだという。
* 未来の年賀状 *
 多くの年賀状に混じっておかしな賀状が来るようになった。それは一年先の年賀状で、消印も一年先になっているのである。その賀状には一年先の干支の絵があって型どおりの挨拶状が印刷されている。何かの間違いか、それともいたずらなのか、あるいは一種の凝った趣向かもしれない。そうも思ったが、はがきは郵政省発行のものだし、郵便局で調べてもらっても首をひねるばかりでさっぱりわけが分からない。
 気味が悪いので一度、住所を調べたがそんな住所には該当する人間は住んではいないということであった。一年先の年賀状・・・もうひとつ別の世界から舞い込んできた年賀状とでもいえばいいのか、おそらくそれはSFでいう「時間の断層」とかなんとかいうものだろう。彼はそう思うことにして深く考えないことにした。それは恒例のように毎年きちんと来るようになった。
 ところがその年は来なかった。やれやれ、新趣向もこれで終わりか、反応がないので面白くなくなったのだろうと思った。しかし、ちょっぴり残念なような気がしたのも確かだった。ところが新年も過ぎて門松が取れた頃、一枚のはがきが送られてきた。消印が一年先になっていて、送り主はやはり例の人物だった。しかも宛先は彼ではなく、彼の妻あてになっている。そのはがきには肉筆で丁重にこう書かれてあった。
「寒中お見舞い申し上げます。世間もようやく落ち着いたようですが・・・」はがきの冒頭にはこう書かれてあった。
「今年はご主人がお亡くなりになられて、さぞお寂しかったと思いますが、どうかお気を落とすことなくお過ごしください」
 やはり、先のわからないことはわからぬ方が自分にとって幸せだと思う。運命的なことは常にミステリアスでロマンチックなものにとどめておいた方が希望が持てるというものだ。
で・・・やはりあなたはまだ透視能力や予知能力を持ちたいとお思いですか? 
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参考文献 
小松左京著「虚空の足音」文春文庫
小松左京著「一生に一度の月」集英社文庫
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