ペンテシレイア
〜ギリシア神話に語られるペンテシレイアの伝説〜
* 陥落寸前のトロイに駆けつけた謎の美女軍団 *
 神々のつかさどる時代、一人の絶世の美女を求めてギリシアとトロイアが互いに死力を尽くして戦った苛烈なトロイア戦争。戦いは10年の長きにおよび、その間、広大な平原のいたるところで幾度となく激戦が繰り広げられた。しかし勝敗は着かず、戦況は一進一退でやがて膠着状態になった。
 押し寄せるギリシア軍の攻撃は苛烈をきわめ、籠城を余儀なくされたトロイア軍にも、ようやく疲労の色が見え始めていた。しかしトロイアの英雄ヘクトルの活躍で、さしものギリシア軍もどうしても攻め切れることが出来ない。ところがついに、ヘクトルはギリシアの英雄アキレウスの手によって殺されてしまう。
 頼みの綱ヘクトルの死はトロイア軍全体の士気に影響した。「もうだめだ。トロイは陥落する!」 「もう打つ手はないのか!」沈痛なムードはトロイアの全将兵を包み、今やトロイアの陣営は総崩れの様相を見せ始めていた。そんな時、崩壊寸前のトロイアを救うべく、いずこからともなく駆けつけ、強大なギリシア軍と真っ向から戦った軍団があった。その軍団の名はアマゾネス軍団。12名の女だけの戦士で構成されていた最強の軍団であった。
 彼女たちの勇気は男顔負けで、しかも全員が並外れた戦闘力を持っていた。馬を乗りこなす技術は驚異的で電光石火、敵陣深く突っ込んで相手を撹乱する。剣を使えば、猫のように敏しょうで、瞬時に相手の死角に入り込み攻撃して来る。矢を射れば、空を舞う鳥の目さえ射ぬくことが出来た。
 この無敵のアマゾネス軍団を率いたのは一人の美しい女王であった。その名をペンテシレイアと言った。彼女ほど 、あらゆる武術に長け、誇り高く、気高い女王も他に類を見ないだろう。戦いでは、常に先頭に立って軍団を率い、7たびもギリシア軍の執拗な波状攻撃を撃退したのである。そればかりか、敵陣深く斬り込み、多くのギリシアの英雄をなぎ倒しさえした。
 ペンテシレイアと12名の気高い女戦士たち。この美しい美女軍団をトロイの人々は歓喜の声で迎えた。防戦一方のトロイア軍にとっては、まこと頼もしい女神の援軍であった。巨大な城門が開かれる時、人々の期待に満ちた視線の先には、常に黄金の兜をかぶり、栗色の髪をなびかせ、微笑みながら誇らしげに出陣してゆくアマゾネス軍団の姿があった。ペンテシレイア率いる12名のアマゾネス戦士に、今やトロイアの人々の心はすっかり魅了されていたのである。人々の彼女たちにかける期待はいくばくのものであったことだろう。
* アマゾネス軍団の活躍 *
 ペンテシレイアはギリシア神話によると、アレスとオートレラの娘として生まれたことになっている。アレスとはオリュンポス12神の一つで、武勇には秀でていたが、その乱暴すぎる性格は他の神々から嫌われていたという戦の神だ。オートレラは山や谷に宿る精霊の一種で、普段は若くて美しい女性の姿をしている。恐らく、暴れ者で手のつけられなかったアレスは、歌と踊りを好む情熱的なオートレラの心根に触れ虜にされたのであろう。
 こうして、猛々しさと美という相反する神から誕生したのが、ペンテシレイアであった。こう考えると、ペンテシレイアの類まれな武術は父親ゆずり、美しさと気高さは母親ゆずりであったと言えるだろう。
 ペンテシレイアとしては、ずっと以前に、狩りの最中に自分の妹を誤って射殺してしまったことがあり、その罪をかつてのトロイア王プリアモスに清めてもらったことがあった。
 ギリシア軍の攻撃でトロイアが滅亡の危機に瀕している今こそ、その時の恩に報いるべく、ペンテシレイアはアマゾネス軍団を率いて応援に駆けつけて来たのであった。
 元来、アマゾネスはギリシア人と敵対関係にあり、ギリシア人は彼女らが大の苦手であった。こうしたジンクスも手伝ってか、参戦するや否や、アマゾネス軍団は縦横無尽に暴れまくった。
アマゾネス戦士をあらわした像。
 その活躍は熾烈をきわめ、たちまち多くのギリシア兵が血祭りに上げられた。ペンテシレイアは、背に大剣、腰に短剣と斧をさし、盾と槍を手にするという重武装の出で立ちである。駿馬にまたがった アマゾネス軍団の猛攻は止まるところを知らなかった。彼女たちに勇気づけられたトロイアの将兵たちも、怒濤のごとくギリシア陣営に突入してゆく。
* ペンテシレイアの死 *
 しかしここで、彼女たちの運命を決定づける重大な事件が起こった。
アキレウスとアイアースというギリシアの二大英雄の参戦である。アキレウスがとてつもない強さであることを知らぬアマゾネス軍団は、果敢に攻撃を仕掛けるが全員が討ち取られてしまったのだ。
 ペンテシレイアは自分の愛する戦士たちが、次々と討ち取られるのを見ると、敢然とアキレウスの方向に向きを変えた。彼女の目には、怒りと復讐の炎が燃え上がっていた。「うう・・・よくも私の愛する戦士たちを! 今度は私が相手だ!」今やペンテシレイアにとって何ものも目に入らぬ様子である。だが、それは危険なことであった。トロイアの将兵から知恵を授けられているとは言え、自分がこれから戦いを挑もうとしている相手がいかに想像を絶する強敵かは知る由もなかったのであるから。
 一方、 アキレウスの方も自分と向き合っている相手が女であるとは気づかなかった。一瞬、二人の一騎打ちを見守るかのように、ギリシア軍とトロイ軍の将兵たちの息を呑むざわめきだけがこだまする。戦場に恐ろしい静けさが訪れた。ペンテシレイアは雪のように白い駿馬を疾走させると、剣を振りかざし、土煙をあげてアキレウス目がけて突進していった。
 だが、勝負はあっけなくついた。アキレウスの放った槍がペンテシレイアを甲冑ごと胸を刺し貫いたのである。彼女は一言も発せず、槍を深々と突き立てたまま、愛する駿馬から地面にもんどり打って倒れた。戦いは終わった。そのあとは、再び恐ろしい静寂が訪れるだけである。それを見ていたトロイアの兵士たちは全員が涙を流していた。
 大胆にも自分に一騎打ちを挑んできた敵将の顔を見て見たいものだとアキレウスは思った。
そして、大地に横たわる戦士の遺体に近づくと、そっと黄金の兜を取った。
埃と血にまみれたペンテシレイアの顔が見えた。アキレウスは思わず驚嘆の声をもらした。
その愛らしい眉から下は、息を飲むほど美しい女性の顔であったのだ。
女神のようなペンテシレイアの死に顔に、アキレウスは我を忘れて呆然とし、しばし恍惚状態となってその場に立ち尽くしていたという。
 そしてこの瞬間、アキレウスはペンテシレイアに惚れてしまったのであった。彼女の遺体の側に膝まずいたアキレウスは、死せる彼女の栗色の髪の毛を優しく撫でて唇にそっと口づけをした。夕日を浴びて立たずみながら、アキレウスは彼女のためにいつまでも泣いたという。
* ノコギリソウに秘められたペンテシレイアの心 *
 その後、アキレウスはペンテシレイアを殺してしまった事を悔やみ、神々に花を捧げてくれるように頼んだ。事のすべてを見守っていたゼウスは、心を打たれ、アキレスの腕に抱かれるペンテシレイアの像を自らの玉座に彫らせ永遠のものとした。ペンテシレイアに恋したアキレスは、彼女のための墓を作り、丁重になきがらを葬ったという。この間、ギリシア側もトロイ側も、敵味方の区別なく全将兵が彼女のために喪に服したという。
 それからまもなくして、ペンテシレイアの墓にはいつしか一輪のノコギリソウが芽を出し墓全体を覆っていった。
 それはあたかもペンテシレイアの魂が乗り移ったかのようであった。
 そのためか、ノコギリソウは今日では「悲しみを慰める」という花言葉にもなっているそうだ。
 一方、ペンテシレイアの名は、男に悲しみを持たらすという意味に用いられるようになったという。
アキレウスに殺されんとするペンテシレイアを描いた絵。彼女の墓には一輪のノコギリソウが芽を出した。
 それは戦いで男に災いを持たらすという意味ではなく、男たちの心に哀愁と寂寥感を与え、悲しみの虜にしてしまうという意味から来ているのだろう。ノコギリソウがペンテシレイアの化身であるとすれば、自分のために泣いてくれたすべての男たちの心を癒すためでもあったのだろうか。
 そう考えると、「悲しみを慰める」と言う言葉がこのはかない植物につけられるようになったのも、きっと自然の成り行きだったに違いない・・・

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