王妃ゴルゴー
〜強いスパルタ軍の秘密は王妃にもあり〜 |
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* 父王に忠告する幼い娘 * | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
紀元前5世紀ごろ、小アジアの沿岸部にはギリシア人がつくった植民都市が多数あったが、わずかの間に急成長して来たペルシアの支配下に置かれてしまった。これは自由を尊ぶギリシア人にとっては耐えがたい屈辱であった。ミレトスの僣主であったアリスタゴラスは、イオニアのギリシア諸都市に呼びかけてついにペルシアに反旗をひるがえした。いわゆるイオニアの反乱である。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
アリスタゴラスはギリシア本土にも援軍を求めにいった。ギリシア本土には無数のポリスがあり、中でもアテネとスパルタの二つは群を抜いて強力な都市国家であり、強大な軍隊を持っていた。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
アリスタゴラスはまず、スパルタ王クレオメネスの元におとずれた。 「国王陛下。わたくしどもに力を貸していただけるならば10タレント(1ターレンとは黄金50キロ)の黄金を献上しましょう。いますぐ半分ほどお払いしてもよいですぞ」 |
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「それはいけません、父上」とあどけない声で叫んだ少女がいた。娘のゴルゴーである。ゴルゴーはいつのまにかそばに来て話を聞いていたのである。「おお、そうじゃった。我がスパルタは他国に援軍を出すほどの余力は持ち合わせておらぬ。それにそのような遠方に兵を差し向ければ、国の守りが手薄になる恐れがある」 王はゴルゴーの言葉にうなづきながら言った。 |
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「では黄金を2倍さし上げましょう。なにとぞ強大な陛下の兵力の一部を我が国に援軍として手を差しのべてはくれますまいか」 王が返事をしないでいると、アリスタゴラスは最初の言い値の3倍、4倍とつり上げていき、とうとう5倍の額にまでつりあげた。クレオメネスは黄金に心を動かされつつあった。それだけの大金があれば何百隻の軍船でも神殿の一つぐらいは簡単に建造できるだろう。黄金のまばゆい光は禁欲で知られたスパルタの王の心をも虜にしようとしていた。 |
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するとまたゴルゴーが言った。 「父上、もう席をお立ちなってこっちに入らして下さい。このままだと父上は欲に目がくらんでしまいます。それでは王とは言えません」とけわしい表情で声をかける。ハッとして我に返った王は、積まれた黄金から目をそむけるようにしてうなづくとその場を立ち去ってしまった。 |
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憮然としたアリスタゴラスはしぶしぶ帰るしかない。さてこれからどうしたものかと思案に暮れたアリスタゴラスは、とりあえず王宮の石畳のところで、ゆるんだサンダルの紐を奴隷に結ばせようと足を投げ出した。それを見たゴルゴは聞こえよがしに言った。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
「この人は手がないのかしら。自分で履物も履けないのね」 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
いくら王女とは言え、年端もいかぬ幼女にここまで言われて、さすがのアリスタゴラスもすっかり気落ちしてしまい、その場にヘナヘナとしりもちをついてしまったという。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
またある日、父王のもとへ酒をおいしくする方法を考案した男がほうびを求めてやってきたことがあった。王はほうびを取らせようとしたが、ゴルゴーは「それではますます酒飲みが増え、スパルタは堕落した酔っぱらいであふれ返ってしまいます」と目を三角にして怒ったという。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
このようにゴルゴーは幼いうちからたいへん利発で気が強く、道徳心が強い少女として知られていたらしい。しかし現代なら、おませでこまっしゃくれた小娘であったと言うべきかもしれない。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
* 暗号をパズルなみに見破るのも得意 * | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
スパルタに見事、蹴られたアリスタゴラスではあっが、その後、アテネではうまく話をすすめ、20隻の軍艦と重装歩兵の軍団をイオニア救援に送ってもらうことに成功した。おかげでイオニアの諸都市はペルシアに対して優勢に戦いを進めることができた。しかしペルシアの底力のまえにイオニア連合軍はじわじわと押され出し、数年後つぎつぎと陥落。ミレトス市も篭城して最後までがんばったが、補給がとだえ、ついに屈服してしまった。城門がうちこわされ、ペルシア兵がなだれ込んで来た。女子供は奴隷として連れ去られ、男は皆殺しの憂き目にあった。だがペルシア王ダリウスはこれでも腹の虫がおさまらない。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
「余にたてつきおって!援軍を送ったギリシアに懲罰を加えねば気が収まらん!」こうして始まったのがペルシア戦争である。 | ![]() |
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第一回目の遠征はマラトンの戦いでアテネの重装歩兵の密集戦法の前に失敗に終わったが、次の王クセルクセスは強大な財力にものを言わせ2度目の遠征を企てた。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
クセルクセスは海と陸から同時にギリシア本土に攻め込もうと万全の構えで臨んでいた。ヘロドトスによれば、その規模は300万の兵力、1千隻の軍艦、何千という戦車、騎兵というとてつもなく巨大なものであった。弓兵が一斉に矢を放つだけで、空が真っ暗になったとさえ言われている。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
クセルクセス1世 (BC469〜BC475)ダリウス大王の息子でギリシア遠征の総指揮にあたった。 |
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ゴルゴはそのとき、30才ぐらいで叔父にあたるレオニダス王と結婚し、スパルタの王妃となっていた。そのころどこからか使者が通信板を持って来た。使者をつかわした者はもとスパルタの王で今はペルシアに身を寄せているデマラトスと言う廃王からであった。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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当時は木の板に蝋を塗り熱い金具で引っ掻いて文字を彫って通信板としていた。これだと用が済めば溶かして何度でもつかうことが出来る。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ところが板をはずしても表面には何も彫られていない。人々はあっけにとられて首をひねった。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ところがゴルゴーは一目見るなり、表面の蝋をすべてかきとらせた。するとその下には次のような文字が書かれてあった。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
<ペルシアが大規模な二度目のギリシア遠征を企てている。まもなくペルシアの大軍が出発するであろう。ただちに防戦の準備をされたし> | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
デマラトスはスパルタを追われる身ではあったが、祖国に重大な危機が迫っているのを知り、いても立ってもいられずに使者を送って来たのであった。デマラトスは万が一、使者が捕らえられて板がペルシア側にわたった場合のことを考えて、用心して秘密文書にしたのである。このようにゴルゴーは、秘密や暗号をすぐに見抜いてしまうほどの頭脳明晰な面ももちあわせていた。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
* スパルタの王妃の威厳を示す * | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
紀元前480年、その巨大なペルシア軍がいよいよギリシア本土に侵攻を開始した。前回の失敗を教訓にして、ペルシア軍は今度は小アジアより海峡をわたって陸路から半島をぐるりと回り込んで侵入しようとした。つまり海からはギリシアに陽動戦術をかけ、主力のペルシア陸軍はギリシア軍の背後から攻撃しようという作戦である。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ギリシア中からポリスの代表が集まりデルフィの神託をあおいでペルシアに対する備えを練ることになった。その結果、海の備えはアテネが受け持ち、一方、陸路では陸戦を得意とするスパルタが主力になって迎え撃つことになった。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ペルシア軍は、前回とは違ったコースでギリシアの背後から侵入しようとしている。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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しかし、このルートだとテルモピレー街道を通る必要があった。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
この街道は険しい崖と背後を海に挟まれた隘路で、最も狭いところで道幅がわずか15メートルほどしかない。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
決死の覚悟で死守するレオニダス以下300名のスパルタ兵。右手に長槍を持ち、左は盾で互いの身体を守る密集隊形(ファランクス)でペルシア軍を待ち受ける。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
いくらペルシア軍が大軍で強力であろうと、力攻めで進撃することは難しい地形であった。そこでギリシア連合軍はここでペルシアの大軍勢を押しとどめようと考えた。討議の末、ここを死守するのはレオニダスの率いるスパルタの300人の精鋭が引き受けることに決まった。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
しかし、いくら守るには絶好の地形で、最強をうたわれたスパルタ兵であっても、三百人と数十万人とは戦力の差に違いがありすぎる。実際レオニダスは初めから死ぬつもりで戦うつもりであった。いよいよ出陣する当日、ゴルゴーは夫レオニダスの目をじっと見つめながらこう尋ねた。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
「何か言い残すことはありませんか」レオニダスもゴルゴーの目をしっかり見返してやがて言った。 「よい夫をみつけて、よい子どもを産みなさい」これが夫婦最後の会話であったという。短い内容で淡々とした会話であったが、目には互いの心を思いやる愛情深い光で満ち満ちていた。 |
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こうして、レオニダス率いるスパルタ軍はペルシアの大軍勢を前に一歩も退かず、3日間もの間、釘付けにして全員が玉砕したのであった。ペルシア軍の損害はまことに甚大で、クセルクセスの二人の兄弟が戦死している点でもそれは予想できよう。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
レオニダス率いるスパルタ軍が貴重な時間かせぎをしてくれたおかげで、アテネ海軍はペルシアの大艦隊を狭いサラミス水道に誘い出し、大勝利を得ることが出来たのであった。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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かくして陸と海から同時侵攻するというクセルクセスのもくろみはついえ去った。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
満を持して準備されたはずの二度目のギリシア遠征もあえなく失敗したのである。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
レオニダス王。スパルタ兵を指揮してテルモピレーで全員戦死した古代ギリシアの英雄として知られる。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
* 軟弱な男など不用です! * | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
レオニダスの死後、多くの有力者の若者がゴルゴーに求婚してきたという。その中でも、ある外国の金持ちの息子がゴルゴーに甘いことばですり寄って来たことがあった。普通であれば、甘いささやきや甘美なる誘惑に女は弱いものである。ところがゴルゴーは、美しく女らしい見かけとはうらはらに冷たくこう言い放った。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
「ここからすぐに出て行きなさい!スパルタに女々しい男などいりません」 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
スパルタの社会では、外へ対しても、内へ対しても、人は常に強くなければならなかった。この意味で強い女だけが強い男の子を産めるという考えはスパルタ固有の伝統的考えであった。ゴルゴーがその後、再婚したのか、いつ死んだのかは伝わっていない。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
参考文献 「世界史の中の女性たち」三浦一郎 社会思想社 |
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参考資料サイト http://comicbooks.about.com/od/comicmovies/ig/300-Gallery/Gorgo-s-Plea.htm (スリーハンドレッド) |
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