アルテミシア
~故国ギリシアに復讐を誓った伝説の女海賊~
* 決断の瞬間 *
 船首付近でギリシア風の衣装をまとい、長い髪をたなびかせて、水平線上を食い入るように見つめる一人の女性の姿があった。やがて、うっすらと島影をバックに、水平線の彼方から黒い点がぽつぽつ見え始めた。彼女の青い瞳が一段と輝き大きく見開かれた。ギリシア軍の艦隊だ。おそらく、最新式の三段櫂船で装備されたテミストクレスの軍団であろう。
「アルテミシア様、我が艦隊はこのまま、水道を直進いたしますか?」
マストにいた見張り員が叫ぶ。彼女は無言で遠く水平線を見つめたままだ。
「最大戦速を命じますか?」見張り員が急き立てるように叫んだ。だが彼女の表情は変わらない。しばし沈黙の時間が過ぎてゆく。やがて意外な答えが返ってきた。
「船首を反転させる」隣にいた将軍がぎょっとするような目つきで振り返った。
「大丈夫です。オキュパイス将軍。アルテミシアは勝利の女神。ご安心あれ。敵を誘い出す陽動作戦です」彼女はたなびく髪をかきあげると軽くウインクをした。
「全軍、進路反転180度!」副官の大声に、15隻の船団はゆっくりと回転し始めた。甲板が大きく左に傾き、船首に取り付けられている青黒い衝角が水面下で揺らぎ、巨大魚が跳ねるような大きな水しぶきをあげた。
 このまま、敵が食いついてくれればよいが。そうなれば、クセルクセス殿の主力が側面から攻撃できる。
 敵をおびき出して包囲してしまえばこちらのもの。前回のマラトンでの雪辱をはらすことができるわ。
 アルテミシアはそうつぶやき、再び水平線の彼方を食い入るように見つめた。小さな点は次第に形を変え、それはやがて船のシルエットに変化しつつあった。
* 与えられた残酷な運命 *
 運命の女神は時として戯れの心をいだくことがある。狼の谷に投げ込まれたそのみどりごには、残酷な運命が待ち構えているはずだった。だが運命の女神は、偶然、通りがかったペルシア人にみどりごを発見させ、故国ペルシアに持ち帰るという奇遇な運命を与えた。やがて、みどりごは美しい少女に成長した。その野生美あふれる容姿、積極果敢な性格は両親も驚くほどであった。美と積極性を持ち合わせた少女に、両親はアルテミシアと名付けた。
 アルテミシア・・・これほどその少女にふさわしい名前はなかったに違いない。アルテミシアは、ギリシア神話ではビーナス、アテナにならんで、三大女神の一人にあげられ、ギリシア人のみならずペルシア人からも慕われている貞潔と狩猟の象徴とされる女神だ。かつて小アジアのエフェソスにはパルテノンをはるかにしのぐ大神殿があり、その名をアルテミスの大神殿と呼ばれていたという。アルテミシアがいかに人々の間で愛されていたのかが分かるというものである。
 しかし、アルテミシアはギリシア人にとっては自分たちに敵対する復讐の女神となって甦った。
 かつて30年前、狼の谷に投げ込まれた少女は、女海賊として名をはせ、ギリシアに復讐の誓いをたてることになるのだ。
 無数の島が点在するエーゲ海は、彼女の活動には持って来いの場所であった。彼女はいつも夜明け前に突然あらわれ、疾風のごとく去っていった。
 多くのギリシア船が襲われた。大量の積み荷が略奪され、多くの人間が船もろとも海の藻屑とされ消えていった。
 どこからともなく出現し、意表を突く行動ぶりは、大胆不敵で神出鬼没、まさに神業に近かった。
 人は彼女のことをバルバリアの女海賊、またはハリカルナッソスの女王と呼んだ。
 * 周到な二度目の遠征計画 *
 紀元前480年、ペルシアは再びギリシア征服に乗り出した。アテネの重装備歩兵隊を中心とするギリシア軍の奇襲戦法の前に敗れ去って10年後、ペルシアは前回の失敗を教訓とし、随所にいろいろと取り入れて念を押す用心深さであった。
 例えば、第一回遠征時に、迂回しようとして多くの難破船を出したアトス半島の地峡部には船が通れるように運河を切り開くことにした。ここは2千メートル級の断崖絶壁がそびえ立ち、沖には無数の暗礁がいたるところにあり、風向きも変わりやすく、船が遭難しやすい難所として知られていた。人と馬を総動員した当時としては驚異的な大事業が開始された。たちどころに一つの山が切り崩され水路がうがたれた。
 またへレスポント海峡(狭いところで2キロほど)には数百隻の船を浮かべて、その上に板を敷きつめて人工の橋をつくったりもした。この橋を渡って、途方もない兵員、物資が小アジアからギリシア本島に送り込まれるのである。このように、今回の二度目の遠征は、軍隊の移動、補給など兵站部に巨大なペルシア帝国の国力を惜し気もなく注ぎ込み、その下準備は完ぺきと思われるものであった。
 かくして、ペルシアの巨大な兵力が今ここに動き出した。万を持してクセルクセスのギリシアへの二度目の進撃が始まったのだ。ギリシア本島に数十万のペルシア軍を怒涛のようになだれ込ませ、アテネ、スパルタを中心としたギリシア連合軍をことごとく粉砕して一挙にギリシア全土を征服してしまおうというのである。
* 寄せ集めの巨大なぺルシア軍 *
 クセルクセス王の要請を受け、ペルシアに従属するさまざまな国から多くの兵士が徴集された。言語も民族も多種多様で、まさにペルシア軍とは複雑怪奇な多国籍軍のような軍団であった。この雑多な兵力を一つにまとめていくために、「不死隊」と呼ばれる大王直属の親衛隊があったが、これらが軍の要となって全軍を統括するのである。
 当時、黒海周辺に勢力を誇っていたアマゾネス軍団もこのときペルシア側に立って出陣したという。アルテミシアも自国の軍船15隻を率いて、ペルシア海軍の一翼をになって参戦することとなる。彼女にしてみれば、故国ギリシアに復讐できるいい機会であった。エーゲ海一帯の要所を知り尽くしているアルテミシアにまかされた任務は、ペルシア海軍の別動隊となってギリシア海軍の後方をかく乱し、王の耳となり目となることであった。連絡役として大王直属の将軍がともに乗船することになる。
 クセルクセスがアルテミシアにかけるものはなみなみならぬものがあった。これはアルテミシアが多くのギリシア船を血祭りに上げ、略奪した莫大な財宝をクセルクセスに奉納したりしていたこともあるが、それだけでなく、ギリシアの島々やエーゲ海一帯の地形に熟知しているアルテミシアは、機動性に富んだ作戦の立案者でもあった。本来、彼女の身体にギリシア人の血が流れていたからでもあろう。ギリシア人の気質を知り尽くしていたアルテミシアは、ギリシア海軍の裏をかく戦法を取ることも得意であった。
 こうしたことから、ペルシア帝国のブレインとして、また大王のよき話し相手として、アルテミシアはクセルクセスから絶大な信頼を得ていたのである。クセルクセスはいつもアルテミシアの活躍を自慢気にほめそやし、側近たちの前では我が娘とまで称していたという。彼女に小アジアの南西部の都市ハリカルナッソスの統治権を与えたのもそのためだ。
* 大混乱に陥るギリシアの都市 *
 ひたひたと迫りくるペルシアの大軍にギリシア内の諸ポリスはパニック状態に陥った。当初の予定では、へレスポント海峡を渡り終えたペルシア軍は、海岸沿いにギリシア半島に侵入、そのまま半島をぐるりと南下して、アテネを含めたギリシアの諸都市を各個撃破していく作戦であった。そのとき700隻以上にもおよぶ大艦隊は、補給と援護のために陸軍に呼応するように沿岸部を並走して行動する。最終的には海陸ともにギリシア全土をローラーのようにじわりじわりと押しつぶしていこうと考えていた。
 それに先だって、ペルシアの使者が方々のポリスに使わされた。その内容はすみやかに帰順したものには自由を保障するが、抵抗すれば容赦はしないなどという主旨であった。ポリスの中には戦後の保身をするために、早々とペルシア側に忠誠を誓って寝返るものも少なくはなかった。そんな中にあって、アテネのテミストクレスは、ギリシアの各ポリスの代表を集めると、断固立ち向かうべきだと大演説をぶちあげた。
「敵は想像を絶する大軍でやって来るだろう。アルゴス、テーベ、スパルタ、アテナイ、決して単独では勝てる相手ではない。我々は一つにまとまらねばならない。敵の艦隊をたたくことは、すなわち敵後方の補給を断つにも等しい。よって我々は海上での決戦を最重視する」
 それに対してスパルタの代表は言う。
「しかし我らにはその時間がない。アテネは海上での決戦を主張されるが、賢明策とは思えない。ギリシアはその国土の大部分を海と山に囲まれておる。狭い地域でペルシアの大軍勢を邀撃する方が勝算が高いのではないか」
 突然、中堅のポリス代表がいきり立って口をはさむ。
「もし守り切れなかったならばいかがなさるおつもりか?」「戦線をさらに後退させる。そして敵の補給が伸び切るのを待つ」「では戦線の外に取り残された人々はどうするのか。死ねとお考えか?」
 かくして、なかなか考えが一つにまとまらない。スパルタは主として陸上決戦を主張するのに反し、アテネは海上決戦の主張を繰り返した。結局、陸上での戦いはスパルタが独自に指揮にあたり、海上での戦いはアテネが指揮することになった。
 ともかく事態は急を要する。押し寄せるペルシア軍を陸と海で受け止めねばならないのだ。問題はいつどこで敵の先鋒を阻むかである。スパルタはテルモピレーの山道でペルシアの大軍を迎え討とうと考えた。
 この山道は幅15メートル余りしかなく、後ろに絶壁をひかえ、少数の兵で守るには都合のいい絶好の要所であった。 
 スパルタ王レオニダスは少数の兵を率いてただちに急行した。一方、アテネはペルシア海軍の出鼻をくじこうと迎え討つ準備をはじめた。
* テルモピレーの激戦 *
 小アジアよりトラキア地方(北ギリシア)に侵入したペルシアの大軍は、マケドニア、テッサリア(中部ギリシア)を通過し、オリンパス山を左手に見ながら南下してきた。ここから本格的にギリシア本土に駒を進める段階になる。だがそのためには、急斜面の山道を通らねばならなかった。とりわけテルモピレーという山頂付近は、そそり立った絶壁越しに地幅が一段と狭くなっており、馬車が並走すらできないほどであった。
 テルモピレーの山道でスパルタ軍と対峙したペルシア軍は、当初、これほどの激戦になることを予想していなかった。うだるような夏の暑さの中、テルモピレーの山道を挟んで、数日間の両軍睨み合いの後、ペルシア軍は行動を開始した。しかし、このような狭い山道を大軍が通ることは不可能で、細い隊列のままで強行突破する以外にない。
 しかし、スパルタ軍の防衛は強固で三日間くぎづけであった。
 ペルシア軍の弓兵が放つ矢で太陽が隠れ、空が薄暗くなった。それでもスパルタ兵は動じない。
 しびれを切らしたクセルクセスは、精鋭部隊と呼ばれた大王の近衛兵までを繰り出して強行に突破を図ろうとした。
 しかしスパルタの陣形は固く、彼らも撃退されてしまう。このとき、後から続く味方に押しつぶされ、絶壁から転落する者も後を絶たなかったという。
 この激戦で被ったペルシア軍の損害はまことに甚大で2万の将兵が戦死し、クセルクセスの2人の兄弟も討ち死にしてしまったという。
 しかしギリシア側の裏切りで、秘密の裏道を知ったペルシア軍は密かにスパルタ軍の背後に回ることが出来た。前と後ろから攻撃を受けたスパルタ軍はレオニダス王とともについに全員が玉砕してしまった。
* テミストクレスの賭け *
 テルモピレーの守りを突破したペルシア軍は怒涛のようにギリシア本土に南下してきた。ギリシア軍は次なる防衛ラインを求めて後退を続けていた。だが数日間くぎ付けにしたことで、ペルシア軍を迎え撃つための時間を稼ぐことはできた。ギリシアの連合艦隊はサラミス湾に集合を完了し、市民たちは沖合の島に無事に避難し終えたからである。
 さあ、いよいよ次なるは海軍の出番だ。しかし、数で劣る兵力を最大限に生かすにはどうしたらいいか? テミストクレスは考えた。ギリシア海軍の300隻に対してペルシア海軍は700隻あまりの艦船を保有していたのである。しかし数で劣るものの、アテネには180隻以上の三段櫂船と呼ばれる最新鋭のガレー船があった。
 この船の特徴は先端部分に青銅製の巨大な衝角が海中に大きく突き出しているのが特徴で、猛スピードで敵の艦船に体当たりし、大穴を開けて相手を粉砕することができるのである。アテネの保有する三段櫂船はすべてこの戦術のためにつくられたものであった。船の幅を狭くし、甲板にいる兵士の数を極力減らし、こぎ手の数を通常の船よりも増やしたのもこのためであり、三段櫂船は通常の船よりも倍ほどのスピードを出すことが可能であった。
(推定では約12ノット、現代のレース用の8人乗りボートをうわまわる高スピード)その細身のシルエットは、まるで海上を切って走る鋭いナイフのような形状をしていた。
 このような猛スピードで衝突するときの破壊力はまことにすさまじく、どのように頑丈につくられた船でも一撃のもとに木っ端みじんに粉砕できた。そのうえ、小型で軽量につくられているので、ペルシアの軍船よりもはるかに機敏に小回りもきいた。
 しかしその反面、スピード重視に設計された極端に細長い船体は、安定性にとぼしく、波の荒い外洋では転覆する危険性が常にあった。このため、この戦法を生かすには、広い外海ではなく、波の静かな海域で戦う必要があったのである。
 では、狭い海域に敵をおびき出すにはどうすればよいか? ここで、テミストクレスは得意の諜報戦術を行うことにした。腹心の奴隷に命じて、敵側に近づかせてニセの情報を流したのである。テミストクレスの率いるアテネ艦隊はもはや戦う気力もなく逃げ出す算段である。ペルシア陣営に寝返る用意もある。今、サラミス湾に突入すれば、ギリシア軍はひとたまりもなく降伏するであろうというデマを流したのであった。
 将軍たちはいろいろと考えたが、その情報はテミストクレスに長年仕えていた奴隷からもたらされたものだったので信ぴょう性は高かった。このとき、ギリシア軍の三段櫂船の性能を熟知していたアルテミシアは、狭い水道での戦いは、ペルシア艦隊にとって有利にはならない。むしろ外洋で戦うべきだと最後まで主張していた。
 しかし結局、大王の取り巻きの将軍たちは、テミストクレスの流した偽の情報の方を信じ込んでしまう。敵は戦う意思はない。アテネはペルシアの軍門に下る用意があると確信したのである。そうしてこのことを大王に進言した。
 将軍たちの意見を聞いたクセルクセスは、夜陰に乗じてペルシアの大艦隊を狭いサラミス水道に入れることにした。ペルシアはテミストクレスの計略にまんまと乗ってしまったのであった。
* アルテミシアの奮戦 *
 時に紀元前480年の9月末日、その日は朝から晴天で穏やかで風もなかった。夜が次第に明けて来る。暗い海面に後光がさすように無数の艦船のシルエットが浮かび上がって来た。しかしそこに見たものは、士気がなく戦う気力の失せた艦隊などではなかった。ギリシア軍は戦意旺盛で艦首をこちらに向けてすでに戦闘隊形をとっていた。やがてほら貝の音を合図に一斉に攻撃してきた。罠にかかったのはペルシア軍の方であった。
 たちまち、狭いサラミス湾内で敵と味方の船が入れ乱れて乱戦状態となった。この日、アルテミシアは15隻の艦隊を率いて、ペルシア艦隊の右翼を進んでいた。アルテミシアの危惧していた通り、狭い水道の中では、ペルシア海軍は思い通り動くことは出来ず、ギリシア軍の思うままに翻弄された。これまでどの海戦でも勝利してきたはずのペルシア艦隊はこの条件下ではまったくお手上げ状態であった。
 おまけに波風もほとんどなく、三段櫂船にとって、その威力を十分発揮できる条件が整っていた。透き通るような見事な晴天下のもと、一方的なワンサイドゲームが続けられた。統率力を失ったペルシア海軍は右往左往するばかりで、一隻一隻、狙い撃ちされるように体当たりされては、ギリシア船の先端に取り付けられていた衝角の犠牲になった。付近の海上は撃破されたペルシアの船の残骸が無数に漂い、おびただしい兵士の死体がぷかぷか浮かんでいる。
 この不利な状況下での戦いは、さすがのアルテミシアも苦戦を余儀なくされていた。味方が次々に沈められていくのを目の当たりにした彼女はついに撤退を決意する。
 そのとき、一艘の三段櫂船がものすごい勢いでこちらに突っ込んでくるのが見えた。距離がどんどんつまって来る。
 いけない!
このままでは敵に体当たりされてしまう!
「敵右舷の喫水線付近をねらえ!」彼女は甲板の後尾に弓兵全員を集めるとこう命令した。スピード重視の三段櫂船には泣きどころが一つあった。それは重量を軽減するために、全体が軽い木材で造られており、特にこぎ手の視界をよくするために矢よけなど防弾板がなかったことだ。アルテミシアは三段櫂船の構造上の弱点をよく見抜いていた。
「ザッ!」という鈍い破裂音を残して、何十という矢が放たれ、ゆるやかな半円を描いてはるか向こうの海上に飛んでいった。
 遠く敵船の側面部分にぷつぷつ音を立てて無数の矢が突き刺さるのが見える。
 だが変化はない。「もう一度、よく狙え!」2回目の一斉射撃が行われた。しばらくすると、アテネ船はゆっくり左に左に転舵し始めた。弓兵の2度にわたる一斉射撃で右舷のこぎ手に命中したようである。
 しめたとアルテミシアは思った。
 真っすぐに進むことの出来なくなったギリシア船は、コントロールを失ったように、ふらつきながらやがて後続のギリシア船に衝突してしまった。
 今のうちに戦場を離脱せねば! 彼女は右手をあげると大きく回転させた。アルテミシアと目が合った副官が大声をあげる。「船首、南へ。最大戦速!」かくしてアルテミシアの艦隊はかろうじて戦線を離脱、本隊の大損害にもかかわらず犠牲はわずかであった。
 結局、アルテミシアは三隻のギリシア船を戦闘の末、行動不能の状態に追いやり、二隻を撃沈する戦果をあげた。
 しかし、彼女の活躍もむなしくペルシア海軍は大負けした。
 朝から、この大量殺戮の実況を目のあたりにしていたクセルクセスは、テルモピレーの時と同じく、怒りのあまりに我を忘れて、何度も王座から飛び上がって悪態をつき悔しがっていたが、最後には気力も消え失せ、焦点の定まらない目つきで茫然とペルシア軍が屠殺されていく様を眺めていたという。
* クセルクセスの最も愛した女性 *
 かくしてペルシアの二度目の野望もあえなく潰えさった。故国ペルシアに逃げ帰ったクセルクセスは悪態をついた。「まったくもってふがいない奴ばかり。我が娘、アルテミシアただ一人を除いて、どいつもこいつも腰抜けばかりそろっておる。わが軍にあっては、男が女に、女が男になったようなものだ。高貴あるペルシア帝国の軍団とは考えられん」
 こうしてペルシアの満を持した二度目の大遠征も水泡に帰し、数年後クセルクセスは失意のうちに死ぬことになる。そして、再びペルシアの勢力がエーゲ海を越えることはなかった。
 これ以降、マラトン、テルモピレー、サラミスの名は、ペルシア戦争終了後も何世紀にもわたって語り継がれることになる。輝かしい勝利と栄光の裏には、多くの残虐な行為も行われたが、それすらも英雄的な行為にすりかえられ、自由とロマンの代名詞のように謳歌されることとなる。
「ペルシア戦争」を記した歴史家ヘロドトスは随所で彼女をほめたてた。「彼女の戦術はどれも優れ、敵の意表をつくものばかりであった。戦場における瞬時の判断力、統率力は天賦のものがあった。ギリシア軍を悩ました最強の戦士、アルテミシアこそまこと戦の女神と呼ばれるにふさわしい女性であった」
トップページへ
アクセスカウンター

inserted by FC2 system