エイリアン・ハンド
〜手がある日突然、自分に襲いかかって来る!〜
 子供の誕生日にそれは起こりました。
「お母さん、今夜は僕の大好物のハンバーグにしてね。」
「そうねえ、誕生日だから、特大ハンバーグを作ってあげるわ。」
「やったー。お母さんのハンバーグ美味しいから大好き」
その母親は料理が得意で、家族たちも大変喜んでいたそうです。
「さて、そろそろ焼こうかしら。」
母親は、冷蔵庫から 下準備していた大きなハンバーグを取り出しました。コンロに火をつけます。そしてフライパンを置く時、取っ手をにぎった手を火に近づけてしまいました。
「あっ 熱いっ!もう少しで火傷してしまうところだった・・・」
「お母さん、気をつけてね」
息子が不安そうに声をかけました。母親は少し不安そうな表情でしたが、すぐに明るい声を出しました。
「大丈夫、大丈夫。さあ、美味しいハンバーグを焼くわよ。」
そして、熱くなったフライパンに、丸い大きなハンバーグを乗せました。
 ジューッと焼ける音がキッチンにひびきます。こんがり焼けたハンバーグのいい匂いもただよってきました。
「お母さん、いいにおいがしてきたよ。僕、もうお腹がぺこぺこだー」
「もうちょっと待ってね」
そのときです。ジュジュジューッ!
「きゃー、な、何なの、熱い熱い! ぎゃあー! 助けてー」
「どうしたの、母さん、うわぁー!」駆け寄って来た息子が見た光景は恐ろしいものでした。
 なんと、母親は自分の手を思いきりフライパンに押し付けていたのです。
 みるみるうちにイヤなにおいがしてきました。母親は反対の手で焼けこげる手をつかんではなそうとしますが、全くフライパンからはなれません。息子はコンロの火を消し、たまらずフライパンごと水をかけました。その後、母親は大火傷を負って救急車で病院にかつぎこまれたということです。
 自分の手がまるでエイリアンか化け物の手のようになって、ある日突然、勝手に動き出したらどうなるでしょうか? 物を取りたいのに、手が言うことをきかなくなったら? 右手で髪をといているのに、左手が勝手に髪を引っ張っぱり出したら?

 とても起こりそうもないような信じられない話ですが、手が本人の意志に逆らって動きだし、憎悪むきだしで本人に攻撃してくるという話はこれまでたびたび報告されているのです。

 この不気味な現象は、エイリアンハンド・シンドローム(エイリアンハンド症候群)と呼ばれ、自分の意思とは関係なく手が勝手に動いてしまう精神病の一種だとされています。
 私たちの 脳は二つの部分から成り立っていることが知られていますが、この病気になると、左右の脳がお互い独自に勝手に動き始めるのです。
 つまりある日、突然、左右どちらかの手が本人の意志を無視して勝手に動き始めるのです。そうなった手は本人に対して敵意をむきだしにした行動をとるのがこの病気の特徴とされています。
 ある家庭で起きた例では、その家の少年が右手でナイフをにぎって自分を刺そうとしはじめました。少年は左手で必死に右手を押さえつけましたが、右手の力はものすごく負けそうになりました。
「うわー、だれか、たすけて!」
「なんだ、どうしたんだ?」
 少年の大声で父親が駆けつけてきました。
「右手が・・・ぼくを刺そうとするんだ」父親は少年の右手を力一杯押さえつけてナイフを奪い取りました。ホッとして父親が手を放すと、今度は手は少年の首を絞めはじめました。
「うう、く、苦しい・・・」息子は足をバタバタさせてひっくり返って苦しみます。少年は父親といっしょになって、自分の右手の指を一本一本はなしていきました。
 こうしてやっと右手を引きはなしましたが、今度いつ右手が襲ってくるかわかりません。それからは、右手を包帯でぐるぐる巻きにして生活せねばならなかったそうです。
 ナチスの軍医だったストレンジラブ博士は、ハイル・ヒットラーの敬礼を右手が勝手にしてしまうので大変困ってしまいました。戦後になっても、症状はよくならず、診察中でも講演中でも、時と場所をわきまえず、少しでも油断していると右手がハイルヒットラーの敬礼をしてしまうのです。そのつど、患者や聴講者は何が起こったのか唖然とした表情をします。ほとほと疲れはてた博士は常に左手で右手を跡がつくぐらいきつく握っているしかありませんでした。
 また、ある患者は本を読もうとして右手で本のページをめくっているのに、左手が勝手にそのページを戻してしまうので悩んでいました。症状はどんどん悪化してしまい、とうとう一ページも本を読むことはできなくなって、彼はついにノイローゼになってしまったということです。
 そのほか、バイクで疾走中に手が勝手に急ブレーキをかけて死にそうになった話とか、仕事中の警官が、右手が勝手にホルスターから拳銃を抜き出して自分に向けて引き金を引こうとしたりする事件もあったということです。
 一番多いのは、自分自身の首を絞める事でしょう。ふつう、自分で自分の首を絞めて死ぬことなどできません。しかしこの病気にかかると、意識を失おうと、眠っていようと、手が勝手に動き出して、犠牲者が死ぬまで締めつづけるのです。
 この病気に冒されたら、手に武器を持たせると大変、危険で恐ろしいことになります。ですから眠る時には必ずエイリアン・ハンドを絶対に動けない様にしばりつけておかねばなりません。
 この病気は、どこの病院に行っても、いまだ原因もわからず治療方法も発見されていない未知の恐ろしい病気だということです。
 似たような症状では、夢遊病患者が夜中に起き出して、高いビルから飛び降り自殺をしたとか、また、飛び降りる一歩手前で目覚めたという話もあります。
 どちらも精神が分裂してしまったことが原因で起こるとされています。おそらく、日常いだいている自己嫌悪の感情が激しくなり過ぎて一人歩きしてしまった結果、潜在意識が目覚めたのではないかとも思われています。
(K.I レポートより)
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