マップナビ
ハーメルンの笛吹き男
〜子供の集団失踪事件と童話に隠された真実〜
 ドイツ北部にあるハーメルンは、人口6万ほどの静かで小さな観光都市である。ハーメルンは、職人の町としても知られており、中世ではハンザ同盟の一員でもあった。
 また、この町は、ハーメルンの笛吹き男の童話の町としてでも知られている。今から7百年ほど前、この童話の元になったミステリーが起きたのだ。それは、実に不可解な事件であった。大量の子供が突如として消え失せてしまったのである。子供たちは、まるで神隠しにでも合ったように、ある日、忽然と消え失せてしまったのだ。しかし、ここに興味深い一つの仮説がある。
* 奇妙な現象 *
 ある日、一人の男が、完成したばかりの笛を試し吹きしていた。男は楽器職人だった。試し吹きをするにつれて、男はこの笛を吹きだすと、決まって部屋中の押し入れや天井裏がガタガタとうるさく鳴り出すのに気がついた。不審に思って調べてみると、果たして、騒いでいるのは、家中のネズミで、彼らは笛の音が鳴り出すと、苦しげに部屋中を暴れ回っているのであった。
 ネズミの聴覚には、我々人間には聞こえぬ特殊な音波が聞こえるらしく、ある種のサイクル音を極端に嫌って逃げ出す習性のあることが知られている。
 現在でもネズミを駆除する有力な方法として、この習性を利用したものが多い。つまり、屋根裏などにネズミの嫌う音波を出す装置を仕掛けるのである。こうすると、ネズミがこの種の音を嫌って逃げ出すわけである。
 男は、どうしたことか、ネズミが嫌う音を出す笛を偶然発明したのであった。
 男は、まもなくうまい商売を考案した。カゴの中にネズミを入れ、見せ物として村々を回り拝観料をもらうというわけである。男はネズミを踊らせる魔法の笛と称して売り込んだのである。この笛を吹けば、ネズミが嫌がってかごの中で暴れ回る。あるネズミは、回し車の中で猛烈な勢いで駆け出し、あるネズミはチューチューと悲鳴に近い泣き声を上げて飛び跳ねるのである。ネズミの騒ぎまくる様子が面白いので、男は、いい見せ物になると考えたのだ。
 実際に、実行に移すと大成功だった。村人たちは、この面白い見せ物が来ると、家族総出で見物に出かけた。
 男は、見せ物の雰囲気をかもし出すために、自分の服装を道化師のようなものに変えた。そうすることにより、人々の彼を見つめる目は、ますます好奇なものとなり、ショー自体が輝きの色を増して来るのだ。
 ある日、男の噂を伝え聞いた村人が、男にこんな話を持ちかけた。
「あんたは、ネズミの心を自由に操れる魔法の笛を吹けるんだってね。この村では、ネズミが異常発生して大変困っている。一つ、あんたの力でネズミどもを魔法の笛で操って追っ払ってくれないだろうか?」それを聞くなり、男はお安い御用だとばかり快く承諾した。
 男は、村の一件一件を訪問して笛を吹き鳴らし、ネズミどもを追い払ってしまおうと考えた。その際、ネズミが再び戻って来ないように、外に仕掛けをつくっておいた。中には、ネズミの餌になるものをうんと入れておく。こうすれば、外に追い出されたネズミは、すべてこのカゴの中におびき出されるのだ。何件か回ると、かごの中はネズミで一杯になってしまった。男は、ネズミが一杯になると、カゴを近くの川に持って行きそれらを水中に沈めて殺した。
 この作業を繰り返すうちに、ネズミは村からほとんどいなくなってしまった。男は、無事に終わったとばかり報酬を要求した。しかし、村人たちは報酬を支払うことを拒否した。なぜならば、ネズミはいなくなったはいいが、家の飼い犬やあひる、ニワトリ、さらには、豚などの家畜の様子がおかしくなってしまったというのである。ニワトリは卵を生まなくなるし、真夜中に鳴き出す始末で、犬は狂ったように主人にも吠えまくる。おまけに小さな子供は、引きつけを起こしたり、興奮状態になり、わけもなく泣きわめくわで手がつけられないというのだ。彼らは、男の吹く笛のせいだと言うのである。
 どうやら、男の発明した笛は、ネズミのみならず、犬、猫、鳥、と言った他の動物にも影響を与えるようであった。さらに、動物のみならず人間、それも、4才以下の幼児に限って影響を与えるらしいのである。子供の多くは、催眠術にかかったようにフラフラと躍り出したり、目をひんむいて引きつけ状態になったり、異様な行動をとることもわかった。そして、この現象は、しばらく続くようであった。
 報酬が支払われないことに、腹も立ったが、村人の苦情も当然のように見えた。そこで、男は、復讐と金儲けの両方を兼ねて一計を案じた。子供たちを魔法で直すからと言って連れて来させたのだ。そして、今夜一晩、自分に任せてもらえれば必ず直してみせると宣言した。あいにく、この時代は、合理性などよりも、魔法と迷信が優先する時代だったので、人々は男の言う言葉を手も無く信じ込んでしまった。そして、一晩、男に預けることにした。
 翌朝、村人が男のもとに行ってみると、男の姿はなく家はもぬけの殻だった。それどころか子供たちも人っ子一人いなくなっていた。周囲を探したが、何の手がかりも見つけることが出来なかった。それは、1284年、6月24日の出来事だった。
* 子供たちの身に何が起きた? *
 この話は、架空のもので作り話に過ぎない。恐らく真実はもっと意外で奇妙でねじれたものだったのだろう。連れ去られた子供たちが、果たしてその後、どういう運命をたどったのかはわからない。
 だが、この当時は、子供がしかるべきところで高値で取り引きされている時代であった。また、子供十字軍が起きた時代でもあった。奴隷商人たちは、あの事件以来、味をしめていた。子供十字軍は、彼らにとって、巨額の利益を持たらす恵みの雨のようなものだったのだ。一度に、何百何千という子供が向こうからやって来てくれるのである。まさに、濡れ手に粟のつかみ取りのような存在なのであった。彼らにとってみれば、純真な子供をだまして船に乗せる事など朝飯前だったのである。
 かくして、地中海沿岸部の港には、奴隷商人たちの船が多数出入りするようになっていた。そこに、子供たちを持って行けば、奴隷商人たちが確実に高値で買い取ってくれるのだ。彼らは、子供たちを買い取ると、それをエジプトなどで売りさばいて大儲けしようともくろんでいた。とりわけ、器量のいい子供は高値で売れ、宦官にすれば、さらに十数倍の値がついた。宦官にするには、幼いうちの方がいいので特に4才以下の幼児が喜ばれたという。
 また、中世の時代は、黒魔術、黒ミサが流行っていた時代でもあった。悪魔崇拝者たちは、悪魔を呼び出しその力を借りるため、真夜中、密かにこうした儀式に興ずることが多かった。
 黒魔術の儀式では、常に幼い子供の臓器や血が必要とされ、狂信した信者が、子供の肉を食らうことすらあった。このようなところでは、生け贄となる子供はいつも高値で買い取られていた。
 かくして、子供の需要は高いものがあったのである。では、子供たちは、奴隷商人たちに奴隷として売られてしまったのだろうか? それとも、悪魔崇拝者に生け贄して売り飛ばされたのであろうか? あるいは、有名なジル・ド・レー男爵のような性的倒錯者にまとめ買いされたのであろうか? いろいろ推測出来るがすべて想像の域を出ない。
 ただ史実があるのみである。村の子供130人が忽然と姿を消した。彼らは二度と村には帰っては来なかった。ただ、それだけの短い簡潔な記録があるだけだ。
 やがて、この事件には様々な尾ひれが加わっていった。そして、ミステリーは噂となり伝説となってメタモルフォーゼされ、メルヘンの世界に吸収されていった。
*  *  *  *
 町でネズミが大発生したことがありました。ネズミは人を恐れずところかまわず暴れ回ったので、町の人たちは、ほとほと困り果ててしまいました。
 そこへ奇妙な服装の男があらわれ、自分ならネズミを退治出来ると話を持ちかけました。男が笛を吹き出すと不思議なことが起こりました。町中のネズミが飛び出して来て、男の後を追っていったのです。ネズミは、川に着くと自ら飛び込んですべて溺れ死んでしまいました。
 こうして町のネズミはすべて退治されてしまいましたが、町の人々は男に金を支払うことをしませんでした。かんしゃくを起こした男は、「今に恐ろしいことが起こる」と言って町を去っていきました。
 しばらくして人々が忘れかけたころ、男は再び町にあらわれて笛を吹きました。すると、町の子供たちがその音色に歌い踊るようにして、男の後について行き、町から姿を消してしまいました。そして、子供たちはそれっきり帰って来なかったということです。 
(グリム童話ハーメルンの笛吹き男)より
* 闇に消えた意外な真相 *
 一体、7百年も前の中世の時代に何が起きたというのだろうか? 子供十字軍が起こり、子供たちが町を見限ったという説、中世で流行った舞踏病が子供たちに伝染したという説、その他、何らかの事故による子供の大量死だという説・・・などいろいろ取り沙汰されているものの、確証もなく歴史の奥深くに埋没してしまった以上、今となっては、その真相を知ることは難しい。しかし、すべての伝説や童話には、史実に裏づけされた謎めいた相関関係があると言っていい。きっと、それは、意外な事実が元になっているに違いないのだ。
 一昔前に、口裂け女の恐怖デマが、日本全国を駆け巡ったことがあった。それは、夕暮れ時、下校途中の児童に、顔の半分ほどもあるマスクをした女が話しかけるという内容だ。女は、自分が美人かどうか子供に向かって質問する。美人と答えようが、そうでないと答えようが結果は同じだ。女はマスクをはずす。すると、口は耳まで裂けている。女はパックリと口を開くと、すごい形相でナイフをかざして追い掛けて来るのである。その早さは、時速100キロを越えると言い、捕まえられた子供は、たちどころに、口を耳まで切り裂かれるのだそうである。
 当時、児童たちはこの噂に恐れおののき、社会現象にまでなった。多くの学校で集団下校が実施され、学校によっては休校処置を取らざるを得なかったと聞く。
 人々の集団ヒステリーに火をつけたものが一体何だったのか、今となっては謎のままだが、こうした恐怖デマにも、きっと、思いもかけない奇妙な事実がルーツになっていたに違いない。
 世界中の童話や伝説、果ては、奇妙な慣習やことわざの類まで、こうした史実に基づいたミステリーが土台になっていることが多いようだ。
 現在、ハーメルン市には、道端で笛を吹き鳴らしてはならぬというれっきとした法律があるそうである。
ハーメルン市庁舎前にある笛吹き男の像
トップページへ
アクセスカウンター

inserted by FC2 system